『魔術学院vs南米ギャング編(仮題)』第一話


 どんなに親しい人間相手でも、手足を椅子に縛りつけるには多少の躊躇があってしかるべきだというのに、村雨千景は淡々とした態度を些かも崩さずにリリ・ヘルンの両手足をがっちりと固定した。

 千景はリリの顔を覗き込んで、覚醒の気配がないと見るとコーヒーを淹れはじめた。魔術ポットで湯を湧かし、インスタントのコーヒーパックの封を切る(厳密に言えばこの飲料はコーヒーではない。しかし転移者たちはこの飲料をコーヒーと呼んで憚らないのでこの極東の国ではコーヒーの呼び名が浸透してしまっている)。

 湯が湧くと、千景はパックを取り付けたマグカップに湯を注ぎ、スプーン一杯分の砂糖をかき混ぜた。白く立つ湯気を見ながら千景は窓の外を見て、思いを馳せる。


 ――果たして、カフェインを愛飲する自分と薬物に依存する彼らにはどのような違いがあるのだろうか――と。


「……う」


 リリが目を覚ましたのはそんな時だった。

 千景はふっと笑みを作ってリリの方へと向き直る。


「やっと起きたね。私のことは、分かるかな?」

「…………ここ、は?」

「質問には答えてほしいんだけど……まあいいや。ここは私の部屋。聖流院魔術学院の第3女子寮。だからまあ、うかうかしてたら帰ってきちゃうだろうね、私のルームメイトが」


 ルームメイト、と言った瞬間にリリが目を見開いたのを千景は見逃さなかった。


「大丈夫だよ。彼女は空気が読める人だから。……もっとも、確かな正義感を持つ人でもある。だから、口を割るなら早くしたほうが賢明だ」


 言って、千景は服のポケットからスティック付きの飴を取り出した。舐めかけなのか、少し小さく、いくつか窪みもある。色合いは市販品の飴と何ら変わるところがない。

 しかし、その飴を見てリリは身じろぎした。


「おっと。動いても外れないよ。分かるだろ? そのくらいのことは」

「返して!」

「その前に情報だ。私は情報が欲しい……そうだね、それじゃあ話す気になるまで少しばかり、話をしよう」


 ポケットに飴を仕舞うと、千景は寮室の窓枠に腰掛けた。


「――できるなら一度しか言わないからようく聞いてくれよ。私の名前は村雨千景むらさめちかげ。何の因果か、死後この世界に転移してきた、普通の転移者だ」


 ◆ ◆ ◆


 転移者。そう転移者。この世界では珍しくともなんともない日本生まれ日本育ちの転移者。藤原道長だとか柳生宗矩だとか葛飾北斎とかの同類だって言ってしまえば、まあ大層なものに聞こえるんだけどね。生憎と、日本人の転移者はありふれてる。突出するには素直に高い能力を持ってるか、異能を持ってるかのどちらかが必要。なんとも辛い現実だ。

 まあ、私は別に異能が欲しかったなんて思わないけどね。異能がない転移者ってのは逆説的に、魂が歪んでないってことだから。私は健全な魂の持ち主ってことになる。


 さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか。


 今日の昼間に起きた事件。

 サテルニア島の覆面強盗事件の話をしよう。

 そう。この聖流院魔術学院を構成する5つの島のうち、最も事件に恵まれた商業の島。マンガの第一話の舞台に一番相応しいであろう場所、サテルニア島だ。


 あれは――そう。私がお気に入りのマンガの新刊を買いに行ったときのことだったかな。

 扉が乱暴に開けられたかと思うと、ズバババババ!と銃の連射音がした。

 びっくりしたよ。まさか厳しく規制されてる銃を直にお目にかかることがあろうとは思ってもみなかったから。


 今にして思うと、犯人がわざわざ銃を使ったのは徒花弾を使うためだったのかな。魔力食らいの徒花弾。あれがあれば、魔術的セキュリティは敵じゃないもんね。


 もっとも、私はあの時の銃弾が徒花弾だったのかどうかなんて知らないんだけどさ。だって、犯人すぐ逃げちゃうんだもん。そりゃ私はすぐ追っかける。魔力を食らった徒花弾の爆発音なんて聞いちゃいないさ。

 にしてもヒドイ話だよ。私が捕縛術式の天才だからってさ、すぐ逃げちゃうなんて。せめて要求くらいは口にしろって。


 んでまあ、私は術符とか詠唱術式だとかで追跡を開始したんだけど、びっくりしたのは強盗犯、相手が異能の持ち主だったってことだよ。

 異能持ちに遭遇したのは三ヶ月前の世界際テロリストグループ【勇者連合】による襲撃事件――あれから二度目ってとこなんだけどさ、実際に相対するとびっくりするね。複雑かつ高度な術式を手足を動かすがごとく自然に使うんだから、チートだよチート。


 相手は糸を自在に操る能力であちこちの建物をスイングしながら逃げてたんだけどさ、あれ見たときは笑っちゃったなあ。スパ●ダーマンかよって。

 まあ、私の移動方法もなんか似たようなモンになっちゃったから人のコト言えた義理なんて微塵もないんだけどさ。

 何かあったら一緒にMAR●ELに怒られようね。


 話を戻そう。


 ……幸いにも相手は自分の異能を使い慣れてなかったみたいでね。相手のドジを利用した私はかなり接近することができた。

 そんで、術式で発生させた糸で覆面を外すことにも成功。おっと、偶然だなんてそんな失礼なことは言ってくれるなよ。これでも自分のエイムにはちょっと自信があるんだ。

 いやあ、強盗犯には驚かされてばっかりだったね。まさかクラスメイトの女子、リリ・ヘルンが強盗犯の犯人だったなんて。


 しかし、ここで私は妙だと思った。


 だってそうだろ? 君は異能なんて持ってないはずなんだ。そんな素振りもまるで感じられなかったし、異能持ちについての話題では羨しげな態度すら見せていた。

 そこで、普段と違う点はないかと観察してみたら、口に何か、飴を咥えていることに気付いた。白いスティックが口からコンニチハしてたしね。

 あとは、うん。私がなんとか君を捕まえて飴を無理矢理その口から引っこ抜いたってワケだ。

 …………その時点までは、私はこの飴が特別なものだとは、確信していなかった。だけど、引っこ抜いたらそうも言ってらんなくなった。

 君は絶叫したかと思うと、白目剥いて気絶したんだ。

 その時の記憶は? ……ない。そうか。ないか。


 本来なら、警察にでも渡すべき案件なんだろうけどね。私のカンが言ってるんだよ。これは【神竜機関】に委ねる事案だって。

 【神竜機関】のことは知ってるだろ? 三ヶ月前の事件を解決した人達の組織。この学院が密かに擁する竜人【成功例2号】の関係者たちのいるとこでもある。

 彼らの今の仕事は異能持ちの転移者の管理やそれ関係の事件の調査ではあるけどさ、同時に【勇者連合】の残党を追うこともしている。

 残党の手掛かりは乏しいらしくてね。中々尻尾をつかませてくれないってぼやいてたよ。

 そこにこの飴だ。こんな異常な飴、絶対に残党――とくにあの徒花弾を作った研究者が関わっているに違いない。

 ――と、いうわけでだね。

 リリ、君には話せることをすべて話してもらいたい。ことによっては、世界が滅ぶかどうかの瀬戸際かもしれないんだ。


 ……ん? 何も、話せない?


 そっか、それはそれで重畳。ありがとね。


 おや、ウワサをすればなんとやらだ。帰ってきたみたいだよ。【神竜機関】の主要メンバーにして我がルームメイトが。


 おかえり、ユマ。


 ◆ ◆ ◆


 千景は顔を上げると、笑みでルームメイトのエルフの少女、ユマを出迎えた。

 出迎えられたユマは訝しむ表情で椅子に縛りつけられたリリと千景を交互に見る。


「……なにこれ?」

「ああこれは……」


 と、説明しようとした時だった。


「あ、あああ、あた、あたま、が――」


 リリが、突然苦しみ出した。絞り出すような声で叫ぶ。


「あたまが、のうみその中が――かゆ――かゆい――――ぃぃぃぃぃぃぃ」


 痙攣。無秩序なまでの涙。鼻水。だらしなく開け放たれた口からはよだれが留処なくあふれ出る。

 そして何より異様だったのは、リリの全身から糸が出ているということだった。


「――ちっ!」


 舌打ちして、千景は飴をリリの口に押し込む。すると、さっきまでの様子がウソだったかのようにリリはおとなしくなる。


「……ユマさん。これは、薬物だ」


 千景は確信をもって言う。


「異能を与える薬物。それが、この学園にいま、蔓延しようとしている。みんな、三ヶ月前の事件で異能への羨望と畏怖を強めてしまっているからね。急がないと、手遅れになるよ、これは」


【神竜機関第二部『魔術学院vs南米ギャング編(仮題)』第一話】(了)

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