○●しないと出られない部屋
白い壁に板張りのフローリング。無機質なLED電灯の照らす一室に、一組の男女がいる。――いや、男女と呼ぶのは正しくないかもしれない。あくまでそれは、彼らの会話内容から察した結果の推定なのだから。
「……で、結局どーすんの?」
灰色の毛並みをした猫の獣人、ルシャが問う。
「どーするもこーするも。こいつは第一級の魔術結界みたいだぜ。従うしかねぇだろ」
深緑の鱗に覆われた蜥蜴人間、リザドは肩をすくめて言った。
二人の視線の先、そこには一枚の張り紙がある。
――【○●しないと出られない部屋】
「従うって言ってもねぇ……何をしろってのよ。アタシたちに」
「さあな。分からん。分からんが……」
リザドは背負ったバックパックに目をやった。革製と思しきそれの中からは、巨大な蛇の頭のようなものが見えている。
「早いとこギルドに帰らねえと、大蛇討伐の証として持ち帰るはずの首が腐りかねん。そうなったら大蛇討伐の事実を疑われて最悪、報酬をもらえなくなっちまうだろうさ」
「あーヤダヤダ! んじゃあ益々急がなきゃ!」
「……とりあえず、この『○●』ってのが何なのか考えてみねえか?」
「ん。そうだね。……白い丸と黒い丸かあ」
「意味があるのかね。この丸の違いには」
言って、何かを探すようにリザドは部屋の中を見回した。
部屋の中にあるのは本棚、ベッド、食器棚、冷蔵庫、IHコンロ、水場、シンク、壁に埋め込まれたテレビ。そして雑然とボードゲーム類の入れられた箱。
うち、いくつかは彼らの魔法によって少し黒ずんでいたり氷漬けにされていたりした。
「……もしや、あれなのではないか?」
「あれ?」
首を傾げるルシャに向けて、リザドは言った。
「――交尾だ」
直後、リザドは見るも無惨な焼き蜥蜴になっていた。彼の背負うバックパックには微塵も焼けた様子がないのを見るに、ルシャの炎魔法を使う技術はひどく精密らしい。
「ふしゃーーーーーっ! なんでっそうなんのっよっっっ! バカリザド! 変態トカゲ! 変温生物!」
「い、いや……白丸は太陽、黒丸は月を表現しているのだとすれば、それは陰陽の交わり、すなわち男女の交合を意味するのではないか、と」
深い火傷跡を魔法で発生させた氷で覆いながら、リザドは考察を述べた。しかしルシャはふん、と鼻を鳴らし、
「そんなはずないじゃない。アタシたちをそ、その……アレさせて楽しもうってんならそう書くでしょ。そんな回りくどいことしないっての」
「む。それもそうだ。ではルシャ。汝はどう見る?」
「そうねぇ…………」
ルシャは部屋の中を興味深げに歩き回りながら、思案する様子を見せた。そして、ボードゲームの入れられた箱の前で止まって、その箱を部屋の中央、リザドの前へと運んでくる。その様子は軽々といったもので、見た目に反して筋力はかなりのものであるようだ。
「これじゃない?」
嬉々とした表情でルシャが取り出したのは、折り畳み式のチェス盤だ。
「白と黒……色は合っているように見えるが……」
「アタシの故郷のボードゲームによく似てるのよね、これ」
と言い、ルシャはチェス盤を広げる。同時、内側からぽろぽろと駒が落ちてきた。
「わ。すごい精巧……これはきっとかなりの職人のものね」
「して、それをどうするのだ?」
「白いマスに白い駒を、黒いマスに黒い駒を置いて戦うの。自分の駒3つで相手の駒を囲めば、その駒を自分のものにできるってルールなんだけど……あら?」
「どうした」
「んー。なんか違うっていうか……盤面の白黒の模様が魔法でランダムに変わるはずなんだけど、そういうスイッチとかがどこにも見当たらないのよ……」
「そもそも、それからは魔力の存在を一切感じぬぞ」
「んーそうみたいね……じゃあ違うかあ」
気落ちするルシャの隣、リザドは箱の中を漁っていた。
「いや、だが、悪くはない発想かもしれん」
「てことは何? あれはアタシたちにゲームしろって言ってたってこと?」
「で、あろうな。それも白黒の丸を使うゲームだ…………っと、これなんかそうなのではないか?」
パカ、とゲーム盤を広げると白黒の丸い駒が出てきたのを見て、リザドが言った。
彼らはリバーシのセットを発見したらしい。
「んーこれをどうすんの?」
「さっき汝が言ったように、この駒で互いの領地の取り合いをするのだ。我の故郷にあったゲームにこのようなものがあった。この場合、駒自体が己の領地を現しているのだったな……」
「ふうん。駒の種類によって動きが変わったりしないんだ?」
「そも、これは白と黒の二種しかない。しかし見事な発想であるな。己の領地と他者の領地を取り替えるのに、これであればちょうどマスの数だけ駒があれば良い」
リザドはリバーシの駒を引っくり返しながら言う。
「……じゃあ、とりあえずそれでやってみましょうか」
ルシャは興味津々といった様子で耳を立て、リザドの前に座った。
――実験は、もう十分だろう。
◆ ◆ ◆
魔法、そう呼ばれる超常のエネルギー利用法が存在すると明らかになって半世紀。我々人類は魔法を日常的に使用する異世界を観測。これの研究が開始された。
「今回の第35回実験。『異世界にリバーシのようなゲームは存在するか?』もつつがなく終わりました。ありがとうございます」
私は白衣姿のまま、頭を下げた。未だにこの存在感には慣れないが、少なくとも彼が我々地球人類に友好的な存在であることに関しては、もはや疑いの余地がないと見ている。
『良い。我もまた、我が同胞の子孫を姿を見られて嬉しかったぞ』
複数の原子炉を稼動させ、我々のどう控え目に見積っても未熟な召喚魔法に応じてくれた超存在――ドラゴンは満足げに語った。
「すると、あのリザードマンは……」
『うむ。我々ドラゴンと人が交わり、世代を経た姿であろう』
「なるほど。その、交わりというものもまた魔法によるもので?」
『まあ、魔法によると言えばそうであるが……我々にとっては自然な理であるからな。諸君らが重力を自然なものと認識するのと、大きな違いはない』
「ふむふむ」
『時に、いつまで迂遠な召喚実験を続けるのだ?』
「やはり、不満でしたか?」
今回のような召喚実験はこのドラゴンに大部分を依存している。召喚魔法の行使者も、召喚のエネルギーソースもすべて彼だ。
『……不満、ではないが』
ドラゴンは言葉を選ぶような逡巡を見せ、
『臆病にも限度があるとは、感じるところである』
我々を臆病と断じた。
いや、実際そうだろう。これまでの実験から、こちらからあちらの世界に出向くに当たっての大きな危険はないと判明している。場所次第――にはなるだろうが、異世界人と友好的な関係を結べることについてはほとんど確信しているのだ。
それなのにこちらから出向く許可が降りないのはひとえに――
「……上層部の説得に、手間取っておりまして」
『ふむ。であれば、我が独断で汝らを向かわせてみるのはどうであろうか?』
「へ?」
『我ならば、上層部とやらの意向に阿る必要はない、であろう?』
「いや、そうですが……」
『善はなんとやら。ではゆくぞ』
「え、ちょ、あの、まだ報告書が――」
私は、今後の研究所でのポストに思いを馳せながら、異世界に跳んだ。
――どうか、クビにだけはなりませんように……。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます