密着取材: 九十九坂・堤《つくもさか・つつみ》

# 07:30


「おはようございます。本日はよろしくお願いしますね、九十九坂つくもさか先輩」


 ――朝。自宅の扉を開けると女子高生が立っていた。溌剌とした印象のぱっちりとした瞳に、目を引く金のメッシュ。見覚えがある。

 ええと、……確か彼女は、そうだ。この制服、うちの大学の付属高校のやつだから……

「ああ、よろしくね。四十万しじまさん。密着取材なんて言っても、面白い記事は書けないと思えないけどさ」

「いえいえ! そんなこと言わないで下さいよー。九十九坂さんならきっとすごくいい記事になりますって! とくに受験を控えた高三高二生には大ウケですから!」


 烏龍学園大学主席入学者――それが私の、社会的ステータスというやつだ。 けれどそれは、偶然の結果に過ぎない。

 昔の自分を誰も知らないところに行きたくて、必死に勉強して、そうしたらたまたま、主席で合格してしまった。

 私はそれだけのつまらない人間なのだ。

 そんな、キラキラとした目で見られるに値する人間なんかでは、決してない。

 これから先の世界に貢献なんかきっと、1ミリもできやしないだろうし、それどころか就職すら危ういと感じている。そんな私に取材するなんて、まったく、見ず知らずの後輩たちには人を見る目がない。

 だめだぞ。ダメ人間かそうでないかを見破る嗅覚くらいはデフォルトで備えておかないと。


「……四十万さん。君は、悪い大人に騙されちゃだめだよ」

「――それは、過去に騙されたことがあるということでしょうか?」


 レコーダー構える四十万さんに、私は心の中だけで返答する。

 ――私が、その悪い大人だって意味だよ。

 こうして、どこへ行くにも女子高生同伴の一日は始まった。


# 07:50


 電車の中は程良く空いていた。この時間、この路線の利用者の大半は烏龍学園の生徒なのだが、今日は創設記念日ということで烏龍学園の小中高は休みになっている(大学も休みにしてほしかったが教授の都合とか色々あるのでダメらしい。畜生)。

 日頃の喧騒がウソのように静かな列車の中。いつものクセで私は扉脇のスペースに立つ。四十万さんは私の隣に立って吊革を掴む。電車に慣れていないのだろうか?


「……にしても、九十九坂さんの家って、学園から結構離れてるんですねー」

「そう? このくらい普通でしょ」

「いえいえ。通学のたびに30分も電車で揺られているとは思いませんでした」


 ……そういうものだろうか。


「私、長時間の電車通学は当たり前だと思ってたな」

「つかぬことを伺いますが九十九坂さん、過去の学歴を調べさせていただいたのですが……高校はなぜ自宅から遠く離れたところを選んだんです?」


 吊革につかまりながら、四十万さんはそのぱっちりとした目をまっすぐに向けてくる。

 彼女は、何かを尋ねるときはいつも私の目を見るのだ。私より背の低い彼女が私の目を見るには、いつも顔を上げる必要がある。それは、大変というほどではないにせよ楽でもないはずだ。 ポリシーなのかルールなのか何なのか知らないが――立派なことだと、私は思う。同時に、自分にはきっとできないだろうな、とも。


「なんで、このタイミングでそれを?」

「丁度いいと、記者のカンが」

「記者のカンね」


 なんだそのテンプレなセリフは。


「なんで笑ったんですか?」

「んじゃ、面白いセリフを聞かせてくれたお礼に答えようかな」

「あ、それは是非!」

「そんな面白い話じゃないんだけどね。分かりやすく言えば、私は……いじめられてたんだよ。中学時代」

「それは……やっぱり妬みとか僻みといった理由で?」

「だったら良かったんだけどねぇ……私が、ちょっとドジを踏んだんだよ。それでクラスカースト上位の女の子に目をつけられてね」

「むぅ……試験勉強で勝てなかったからって実力行使に出るとはなんと姑息な」

「いや? 勉強は全然関係ないよ? あと、都合のいいストーリーに押し込めようとするのはマジでやめた方がいいよ」


 最後のはマジの忠告だった。


 ……とは言ったものの。

 正直、ドジの詳細については話したくない。

 だって私は、そのドジを誰にも知られたくないからこそ、烏龍大学に入学したのだから。

 そう。

 ――給食を配膳する途中、何もないところですっころんでクラスカースト上位の女の子を豚汁まみれにして、彼女に「トンジル」なんてあだ名がつく切っ掛けを作ってしまっただなんて、口が割けても言いたくない。


# 12:45


 四十万さんはちゃっかり大学の講義にまで着いてきた。教授陣の皆さんはそれはまあ、好意的に受け容れてくれたものだが問題は私である。


「これは、つまりどういうことですか?」

「なんでこんなこと勉強してるんですか?」

「よく分からないのでもっかい説明してください」

「この学問がどう役に立つんですか?」


 ――などなど。それはもう色々質問してくれた。ぶっちゃけ私にもよく分かってないので黒板の前でしゃべりっぱなしのおじちゃんに聞いてほしい。あとを私が勉強するのはひとえに卒業のためでありそれ以上でもそれ以下でもない。


 ともあれ、昼食の時間が来た。これで少しは頭を休ませることができるだろう。


「へぇーっ。ここが大学の食堂ですか。私、初めて来ました」

「四十万さんさぁ。オープンキャンパス気分になってない?」


 もしかしてこいつ、私のことは実はどうでも良くて、単に大学体験がしたかっただけじゃなかろうな。

 四十万さんは私のそれなり以上に疑わしげであろう視線に気付くと、にへらっ、と笑った。


「やだなあ~。そんなわけないじゃないですか。心外ですよ先輩」


 ……私としては君が後輩だという実感が湧かないんだよなあ。内部進学組じゃなくて外部入学組だし。


「あ、ナンカレーあるんですね! 私、あれ食べたいです! お金は自分で出すので!」

「朝のジャーナリストっぽさはどこに忘れてきたの?」


 違う意味で不安になってきた。ちゃんと記事が書けるんだろうな。これで何も書けなくて後日、また「取材させてください」なんて言われたらさすがに全力でお断りするぞ。


 ……とりあえず、私も昼食を選ぼう。一応取材なんだし、いつも食べてるやつを選ぶべきかな。


「――牛丼定食1つ」


 おばちゃんの「あいよ」という声を聞いて、お金を置く。それが回収されるとすぐさま受け取り口へ移動。そこにはすでに牛丼定食がある。

 さっとお盆を取って、味噌汁がゆらゆらと揺れるのを見ながら私は高等部の制服を探す。

 四十万さんはすぐに見つかった。勝手に席について早速ナンを食べている。

 ――本当に取材はどうした。

「あ、九十九坂さーん! こっちですよっ! こっち!」

 私の姿に気付くと、彼女は手を振って速く来るように急かした。

 ――ああもう、そんなに言わなくてもすぐに――――――ん?

 なんか、身体が思うように進んでない感覚。

 というか、これ倒れてないか?

 食堂の白い床が眼前に迫り――ドサッ。


 …………床の固さと冷たさを味わいながら、私はどこか遠くでびしゃっ、と液体が零れる音を聞いた。


# 14:10


「まったくもう、まさか私のバターチキンカレーに牛丼と味噌汁がミックスされるとは思いませんでしたよ」

「……申し訳ない」


 私は、学園近くのアパートの一室にいた。四十万さんの部屋だ。


 制服が味噌汁と牛丼と漬物と――まあ色々で汚れた彼女は服を着替えるために家に帰ることにしたのだ。私がここに来たのは、まあ申し訳なさが大半。高校生の部屋がどんなものか見てみたいという好奇心がちょっと。


「しかし、まさか。朝の『ドジ踏んだ』が本当にただのドジだとは思いませんでしたよ。まさか、九十九坂先輩が自分の足ですっころぶようなドジだったとは――」

「あの、この件は……」

「ええ、そうですね」

 私服姿の四十万さんが言う。にこりと、悪魔のような笑みで、

「――取材の続きは、また後日ということにしましょう」


(了)

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