素晴らしき現実
夏休みも後半戦。
というわけで今日は目白くんの家にみんなで集まって夏休みの課題をやることになった。
ながらく、我が高専の学生は怠惰だと教員諸氏になじられてきたわけだけど、哀しいことに私たち高専生はその論拠を積極的に提供してしまっている。残念だが、まあ仕方ない。
上の世代――私を含め――がそんな感じでありながらなんとか卒業していってるのだから、「特別頑張らなくてもなんとかなる」と下の世代が見てしまうのもむべなるかな。
私に至っては年数的に3回目の三年生なわけで。まあ他人のことは言えない。
もはや見慣れた、「目白」という表札のかかった一軒家が見えてくると歩く先の道中に二人の男女がいた。ラフな装いの二人に、少し勇気を出して私は声をかける。
「おはようございます。渡辺さん、佐藤さん」
「おっ。支倉さん。はよーっす」
「みやちゃんさん。おはようございます」
今年の同級生の二人――渡辺優吾さんと佐藤悠さんはともにフランクな笑みで応じてくれた。
「綾のやつ、ちゃんと起きてっかな」
「起きてんじゃないのー? 一応、約束だけは守るタイプだし」
「幼馴染のお前が言うんならそーなんだろーけどさ」
……でも、二人の会話に入るのは私にはどうにも難しい。年齢差によるもの、というよりは単に私がコミュニケーションを不得手としているだけなんだろうけど……。
少し、壁を感じてしまう。
結局、上手く会話に入れぬまま目白くんの家の前まで来てしまった。だけど、なんだか様子がおかしい。
「あれ? どーしたんすかおばさん」
渡辺さんが言うと、私達を出迎えてくれた目白くんのお母さんは困ったような表情で言う。
「……それが、綾、女の子になっちゃったみたいなの」
「「「はぁ?」」」
二人との間に壁を感じている私だったが、この時ばかりは息ぴったりだった。
◆
目白綾くんは、私にとっては家庭教師としての教え子で同級生の男の子だ。どんなにかわいらしくても、どんなに女装が似合おうと、彼が男の子であることに疑いなどない。
だからその彼が、まさか本当に彼女になっていようとは思いもしなかった。
髪はちょっと伸びてセミロング。胸も膨らんで私より大きい。身長はほとんど変わらないが、彼は元々男子にしては低い方、女子平均とさほど変わらないくらいだ。
寝間着のTシャツ姿は少しダボっとして見えた。
「……どうやったら、戻れると思う?」
開口一番、目白くんは私達にそう訊いてきた。
「どうって……手術とか?」
「生理が嫌なら子宮取っちゃえば?」
「ああもう! お前らに訊いた僕がバカだったよ!」
ため息をついて、懇願するように、哀願するように、目白くんは私の方を向いた。
どうしよ、そんなに困った顔されると逆に困らせてみたくなる。
いや。駄目だ。一応ここは人生の先輩として真面目にやらないと。ここで変なこと言ったら今後の信用に関わってしまう。
「……ええと、とりあえず様子見するしかないんじゃない?」
「やっぱりそうですか……」
期待する答えではなかったようだが、怒られは発生しなかったので良しとしよう。
「そんじゃさー。せっかくだし、女の子の身体を楽しんでみない?」
と、佐藤さんはいたずらっこのような笑みで提案する。
淫猥な言い回しだけど、落ち着け私……そうじゃない。そうじゃないはずだから……。渡辺くんを目白くんが一緒に……とか考えない。考えない。
顔が熱い気がするけどこれはそう、夏のせいだから。日焼けだから。よし。
「……なんか支倉さん。変なコト考えてない?」
「そ、そんなことないですよぉ……ハハ」
流石は目白くんだ。いつもの鋭い観察眼は女体化しても変わらないらしい。
「んまぁ、女の子の身体を楽しむってのは要するにーお洒落をしようってことだね。ホラ、女装なら割とやってたけどさ、男の子だからってなあなあにしてきた部分も多いし? 男の子の身体じゃ着れない服ともかもこの機に着てみようって話」
「おおっ! なるほど。水着とか着れるしな!」
「そうそう。きわどいのとか着てみなよーいつ戻っちゃうかも分からないんだしさ」
「いやいやいや!? 勉強はどうしたの!? 今日は課題を終わらせるために集まったんじゃ……」
おや、普段は勉強嫌いの目白くんがそんなことを言うとは。
そんなところを見せられると、嗜虐心が少しだけうずいてしまう。
「……勉強は、後日でもできるじゃないですか」
「支倉さん!?」
「さーて。年長者の鶴の一声で今日は目白くんで……じゃない。目白くんと遊ぶことに決定でーす!」
「……佐藤さん、年長者って言うのやめて……?」
ともあれ、そういうことになった。
◆
「……だからって、なにもこんな気合入れたお洒落させなくても……なんか、じろじろ見られてる気がするし」
服と水着を見繕うために来た駅ビル前で、目白くんは不満そうに言った。
今の目白くんは私と佐藤さんによる力作だ。そこら辺の有象無象とは比較にならないくらいの、正真正銘の美少女。注目されるのも当然の話だろう。
メイクは正直疎かったので佐藤さんに任せた。彼女は若いのに私よりメイクに詳しくてすごい。私も色々と勉強になった。
そんな私は主に髪型を担当した。内向きにカールを作るフォワード巻きは目白くんのかわいらしい印象にぴったりだ。我ながら会心の出来だと思う。
服と下着は目白くんの妹さんに借りた。妹さんも目白くんの女体化を面白がってるらしく、彼女はあっさり快諾してくれた。
そこで分かったのだが、目白くんの胸のサイズはどうやら遺伝だったらしい。この家系は巨乳の遺伝子が強いようだ。ちょっと羨ましい。
学園都市駅の駅ビルにはいくつものアパレルが入っている。服を選んで回るのに困らない。
最初のうちは嫌がってる様子だった目白くんも、私達が褒めていくうちに満更でもない様子になっていって。むしろ自信満々に着ていくようにさえなった。
そんなこんなで、水着売り場に着く頃には、
「わっ……! こんなに色々な水着が……どれにするか悩むな~~どうしよっかな~」
すっかり一端のJK仕草が板についていた。
「おいおいはしゃぎ過ぎだろ……」
とたしなめる渡辺くんはどこか居心地が悪そうだ。
「いやだってこんなにあるんだよ!? テンション上がるじゃん!!」
「って言われてもなあ……」
「ついでだし、悠と支倉さんの水着も選んじゃわない?」
「えっ」
「あー。残念だけど私はもう今年のやつ買っちゃったんだー」
さすがと言うべきか、佐藤さんは断るための言い訳をすらすらと述べていた。いや、本当にもう買ったのかもしれないけど。
それを聞いて、目白くんはしゅんとする。朝の様子がウソのようにJKライフを楽しみ始めてるのは結構なことだけど、堕ちるのが速すぎないか君?
少しだけ、目白くんが遠くへ行ってしまったような感じがする。
……その日の帰り道。私達四人が駅前北口に出ると目白くんはスーツ姿の人に声をかけられた。なんでも芸能事務所の人らしい。
つまりスカウトが来たのだ。
それに対して、目白くんは大いに喜んでいた。
「僕、モデルとかアイドルになってみようかな……」
――口車に乗せられて、そんなことを意気揚々と言ってしまうくらいに。
違う。
こんなのは、私の知る目白くんじゃない。
私と一緒に、「やりたいことを見つけたい」と言ってくれた彼じゃ……。
◆
落下の衝撃があった。
目を開けると、自室の天井がそこにはあった。
「……家?」
そう。私の家だ。つまりさっきまでのは全て、夢。
「はぁ~~~~~~」
大きなため息がこぼれた。
夢で良かったという安堵感が込み上げてくる。
――あれ?
でも、よく考えたら私、最後なんか凄いこと考えてなかったか? こう、ものすごい独占欲剥き出しの……いや、考えまい。全ては夢なんだから。
私は積極的に夢を忘れることにして、しかし理不尽なTSの存在しない現実に感謝した。
(了)
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