お題:【犯行声明】をテーマにした小説
真夜中の街の片隅にある小さな廃屋の、誰も知らないような小さな地下室。ランタンや蝋燭が乱雑に置かれ薄明るく照らされたその部屋にで二人の男女がうんうんと唸っていた。
「なぁ、やっぱり”拝啓”で始めて”敬具”で終わらせた方がいいのかな?」
女が真剣な眼差しと共に問いかける。
「いやぁ……そういう形式ばった奴はいらないんじゃないっすか?」
男は少し困惑した表情を浮かべながらそう返す。そのまましばらく見つめ合った後、男は意を決して切り出した。
「なにせこれ、犯行声明ですよ?」
「いやそうなんだけどさぁ……そうなんだけどさぁ!」
女は少し声を荒げると、そのまま立ち上がってベッドの上にダイブする。それが不満の表現であり同時に自分の落ち度が分かっているからこそ文句を言わず態度だけに出すのだと分かっているので男は特に文句を言わず続ける。
「そもそも犯行声明って言ったって特に難しいくないんじゃないですか?どんな犯罪を、誰に向かって、誰がやるのか。とりあえずこの辺抑えてあとは新聞紙の切り抜きでちょちょいと済ませれば」
「それは!いや!」
女はがばっと起き上がって、先程とはまた異なる真面目な表情で文句をぶつける。
「だって、私の本業って小説家だよ!それがなんで犯行声明を!それも他人のやる犯罪についての声明の原稿を書かなきゃなんないわけ!?その上文章まで手抜きして!」
「なんでって……金に困ってるから報酬良ければなんでもやるって言ったのは先生ですよ?」
「限度ってもんがあるでしょうが限度ってもんが!ていうかそういうガチでヤバい仕事を排除するのは編集者の仕事じゃないの!?」
女は今夜一番大きな声を張り上げる。同時に右手を思い切り振り下ろしたがけがをしないようにベッドの柔らかい部分を叩く程度の理性はまだ残っているらしかった。
「まあ、仕事に貴賤は無いって言うじゃないですか。それに締め切りも近いんですよ?」
「いやいやいや、これはどう考えても賤サイドの仕事だって。犯罪への荷担だよ?犯罪そのものには関わってなくてもなんかあるんじゃないっけ?犯罪が起きることを知ってて通報とかしなかったタイプの罪」
「知らないですけど……その時は断ったらどうなるか分からなかったのでとか言ったらいいんじゃないですかね?」
編集者の発案に一旦は納得しかけるが、今から3日前に目の前の男が「はい!よろこんで!誠心誠意やらせていただきます!先生にかかればきっと名文を生み出してくれますよ!」と意気揚々と電話していたことが脳裏を過る。
(……あの電話、他の誰にも覚えられていない上に監視カメラとかにも上手いこと映っていませんように)
今更な気もする神頼みを一つしてから、女は深呼吸して気合いを入れてベッドから立ち上がり、執筆用の机に戻る。
「お、やる気ですね」
「当然。貴賤はあっても仕事は仕事、文字数少なくても大丈夫とは言え締め切りまであと10時間切ってるし、こうなりゃ腹括ってやるわよ」
その声には先ほどまでは無かった熱意が籠っている。逃げ出したくて投げ出したくなったのは決して文面が思い浮かばないからではなく犯罪に加担するという意識が筆を止めていたのだ、と心の中で言い訳を述べて思考に蓋をする。文章を書くための、否何かをやり遂げるためのスイッチが入った瞬間だった。
「編集!とりあえず声明書くために向こうから教えられてる情報をもっかい教えて!なんか思い浮かぶかもしんない!」
「今何も浮かんでないってことですね!了解です!」
反射的に手近な本を投げつけてやりたくなったが事実なのでやめておくことにする。
「えーっと、犯罪組織は”夜明けの烏団”を名乗っています。来月の10日にこの街の警察や消防、医者、その他様々な施設を同時多発的に襲撃する。但し刑務所に囚われている同志30名を釈放したら計画は中止する、とまあこんな感じですね」
「うっわぁ……ガチじゃん。ガチのやつじゃん。これ仕上げたあと急いで引っ越しの手続きしないといけない奴じゃん」
「通報とかはしないんですか」
「いや、逆にこの情報って全部犯行声明に書いちゃうんだから私が通報する意味なくない?」
「まあ、それはそうなんですが……」
イマイチ納得できないものを抱えながらも編集者は引き下がってしまう。確かに、通報するならせめてもっと早いタイミングでやらなければいけなかっただろう。今更したところで実際に出される犯行声明の内容以上の物にはなりそうにない。
「まあね?一応善良な市民として知ってる限りの情報くらいは教えてから去るつもりだけど、それまでは全力でやってやるわよ。仮にも文章で飯食ってる人間が文章の仕事で手抜きってのも嫌だし」
「腹括りましたねぇ。えっと、後は……あ、あと連絡先が書いてますね。犯行声明書くにあたって必要な情報があったら下村文雄さんに連絡してくれって」
「今更言わないでよー。今もう夜の11時よ?そんな時間に電話するだなんてクライアントに対して不躾すぎて……ん?」
「そうですよねー。……ん?」
◇
かくして、夜は更けて朝が来る。ギリギリまで粘った結果生まれた犯行声明は簡潔にして力強い見事な名文として仕上がり、無事納品は完了した。その後善良な市民からの通報によってギリギリのタイミングであったが犯罪組織の摘発に成功したのはまた別の話である。
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