お題:【革命前夜】をテーマにした小説

 夜8時、シュヴィ城は建国記念式典を翌日に控え静まり返っていた。そんな静かな城の静かな庭園の片隅に、小さな人影がひとつ現れる。


「もしもし、誰かいるかしら」


 人影、少女は夜の闇に向かって呼びかける。そうするとすぐに、誰もいるはずのない夜の庭園にがさがさと小さな足音が聞こえ始める。足音は少しずつ少女に向かって近づいてきて、やがてひとりの少年が姿を現した。


「はい、ここにいますよお嬢様」


 金の髪、青い目、線の細い体つきに、人形のような顔。少年は、未だ性差の少ない年齢ということを考慮してもそれ以上に少女とよく似ている。王族に生まれた双子の王子と王女、それがこの2人だった。


「もう、シャルルったら。お嬢様はやめてって言ったでしょ?シャルロットって呼んで欲しいのよあなたには」


 シャルロットはシャルルを諫めるが、その顔は微笑みを隠しきれていない。シャルルへの好意、夜中に2人きりで会うというささやかな背徳感、夜そのものが産み出す魔力とも言うべき奇妙な高揚、それらが一体となって表情を抑えられないほどのドキドキを生んでいた。それはシャルルにとっても同じだったようで、わずかにだがにやけている。


「ごめんごめん。でも、王位継承権はシャルロットの方が上でしょ?将来は本当にシャルロット様って呼ぶことになるかもしれないんだから、今のうちに慣れておいた方がいいかと思って」


「それでも」


 シャルロットは、真っすぐにシャルルを見つめてお願いする。


「二人きりの時は、シャルロットって呼んで欲しいわ」


「……シャルロットが、それでいいなら、いいよ。その代わり、僕が王様になったら僕のことシャルルって呼んでくれる?」


「もちろん!こちらこそお願いするわ!絶対約束よ!」


 他愛もない約束。その後2人は近くのベンチに腰掛けてしばらくの間世間話をしながら笑い合う。日々の勉強も、明日の忙しさも忘れ、今この夜だけの時間を共有している。それがたまらなく幸せだった。


「でもさ」


 そんな話の腰を折るように、シャルルが問いかける。


「いいのかな?あしたは式典があるのに、こんな夜遅くまで起きてても」


「大丈夫よ。だって大人は平気でこれくらいの時間まで起きてるでしょ?子供だってちょっとくらい平気だわ」


「でも、もし明日人前で欠伸の1つでもしようものならグリースが怒ると思うんだよ」


 その言葉に、2人で同時に思い浮かべたのは怒ると恐い教育係が今までで一番怒った時のことだ。今よりもっと小さいころ、庭で追いかけっこをしていたらうっかり花瓶を割ってしまい、空想上の怪物や火山の化身が現れたのかと思うほどの怒りようだった。けれど花瓶を割ったことではなく、花瓶を割ったことを黙っていたこと、勝手に片付けようとして怪我したことを強く怒られたのが忘れられず、そのせいで2人ともグリースのことを恐れながらも大好きになっていた。


「……グリースに怒られるのはいやね。とってもいや」


「じゃあ、そろそろ寝ちゃおっか」


 そうね、と頷くとシャルロットはすくっと立ち上がる。


「それじゃ、また明日。シャルルも早く寝ようね」


 同じようにシャルルも立ち上がり


「うん、おやすみ。シャルロットも夜更かししちゃだめだよ」


 そういって、2人は最後まで笑顔で笑い合って別れる。


 革命軍によって建国記念式典が制圧され、シュヴィ王家は幽閉、処刑、或いは行方不明となって離散する、その前日の出来事だった。

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