お題:【z】をテーマにした小説

「武器にするとしたら……」


 とある学校の片隅にある小さな文芸部室で眼鏡をかけた少年が呟いた。


「えっ、なんて?」


 聞こえるか聞こえないか程度の音量の呟き。対面に座る裸眼の少年は無視しても良かったのだが、その内容が妙に気になってしまったために思わず聞き返してしまった。


「いやさ、仮に俺たちが謎の組織によって無人島に拉致されて、文字を一つだけ武器にして殺し合わなきゃならなくなったとしたらお前何の文字選ぶ?」


「締め切りが近づきすぎて頭ぶっ壊れたのかてめぇ?」


 聞き返したのが間違いだった、と思い直し裸眼の少年、片桐はノートパソコンに向き直る。缶コーヒーを一口飲むとそのまま文化祭で発表する部誌の原稿に取り掛かろうとしたのだが、しかし


(武器……やっぱ”く”とかかな……ブーメランみたいだし……いや”A”の方が尖ってて強いかもな……)


 原稿に集中しようとすればするほど、文字を武器にするシミュレーションが脳の処理能力を圧迫していく。これは例えば宿題をする時に部屋の汚さが気になるとか、授業中にゲームの攻略法が気になるとか、そう言った俗に逃避エネルギーと呼ばれるものだと片桐は20年未満の経験則から理解していた。本来は誘惑を抑え込んででも続けるべきなのだが、この問題に関しては今日この時解決しておかなければ一生手を付けない、というより普通に生きていれば手を付ける必要がないのだと直感していたせいで妙に引っ掛かっていた。


「……なあ中村、せっかくだし5分くらい使って結論出してみないか?」


 中村、と呼ばれた少年は眼鏡をくいっと上げてから片桐のことを真っすぐに見つめる。普段から何を考えているのかわかりにくいタイプだが今は特に何を考えているのか予想がつかない。


「……5分で足りるか?」


「こんな話に5分以上かけてらんねぇって意味だよ!」


 ともあれ、こうして地球上でも有数の不毛な議論が幕を上げた。





「じゃあ早速だが……俺は”z”だと思うんだ」


 最初に話題を切り出したものとしての自負があるのか、中村は自信満々に言い放つ。


「……z?」


「ああ。しかも小文字だ。小文字のzだ。」


「……理由を聞こうか」


 片桐は、いつしか自分もまた真剣な眼差しになっていることにも気づかないまま問いかける。


「いいか?俺たちは戦闘の素人だ。仮にライフルや槍、剣、ハンマー……そう言った武器を持ったとしても戦うことなどできないだろう?」


「まあ、そうだな……」


 中村の言うことはもっともだ。仮に自分が”く”を手にしたとしても投げて的に当てられる保証は無いし、”A”を相手に突き刺そうとしても上手く力が籠められないかもしれない。


「そこでまず選ぶべきは小文字だ。その上で重要視するべきは……『防御力』だと思う。”w”、”ョ”とも迷ったが、”z”ならばその両端という非常に持ちやすいパーツが付いていて、且つ点対称構造なのも良い」


 中村の理論は一見完璧に思えた。だが、片桐は一点引っ掛かる部分がある。その疑問を口にしないまま”z”を認めるわけにはいかない。


「なるほど、お前らしい論理的な意見だ。だが、防御を優先すべきっていう前提はどっから来たんだ?」


「まず俺たちは素人だ、それ故に単純な技術や筋力を抜きにしてもいざという時人を殺すことができるか、と問われれば当然NOだろう。相手が自分を殺しに来ているとしても、だからと言って殺し返せるほど人間の常識や倫理観というものは簡単に崩れてくれない」


「だから、守る」


「そうだ。守るだけならば倫理観が邪魔することもなくやるべきことに専念できる。勿論万が一、相手にとどめを刺さなければいけなくなった時のために尖った部分もある。防御を軸に据えつつ攻撃能力もある、攻防一体の文字こそが”z”だ」


「なるほどな。俺から言うことはねぇよ、完璧な理屈だ」


 中村は自分の理屈が認められたことが嬉しかったのか、満足げな表情を浮かべてイスに深く腰掛け、片桐もまた一通りスッキリしたので再びパソコンに向き直る。こうして突発的に始まった”武器にするならば何の文字がいいのか”議論と言うよりはほとんど中村のプレゼンだけで幕を閉じた。


「あ、ところでさぁ」


 何気ない一言。中村がそれに返事をするより早く、片桐の手に握られた”L”が中村の喉目掛けて振り抜かれる。


「お前の過程って俺らが人殺せないことが前提じゃん?じゃあ殺せるメンタルしてるやつは何を選べばいいと思うよ?」


 中村は、自説の正しさを証明するように”z”を手に首を守っている。


「それでも、俺は”z”を推すよ。俺は自分だけじゃなく、友達にも人を殺してほしくは無いからな」


 先ほどまでの議論と一切変わらないトーンで言い放つ。それが嬉しかったのか、片桐はそっか、と一言だけ返すと満足げな表情を浮かべて再びノートパソコンに向き合い、中村もまたノートパソコンに向き合うのだった。


<つづかない>

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