お題:【ヒロインとの遭遇】をテーマにした小説
――12年前
ラジオの調子がおかしかった。その日は寝つきが悪く、どれだけ目を瞑っていても一向に眠りに落ちることができなかった。本当なら翌日の試験に備えて早く眠っておきたかったのが、開き直って眠くなるまで適当に時間を潰すことを決めた直後に不調に気付いた。
(まいったなぁ……暗い中で楽しめそうな娯楽と言ったらラジオくらいだと思ったんだけど)
ダイヤルを捻ってもアンテナの向きを変えても、AMもFMも含めてどこの電波も受信しない。少なくとも昨夜の時点では問題なく受信できていたのだから急に壊れたとも思えない。そうなると考えられる原因としては何らかの電波異常、要するにどうしようもないということだけは想像できた。
(仕方ないなぁ、もうしばらくいじっても何も聞こえなかったら大人しく寝よう。仮に眠れないにしても目を瞑っている分ずっと起きてるよりはマシなはずだ)
既に半分以上は諦めている心持で無作為にダイヤルをグルグル回す。
「オッケー、オッケ―、うーん……」
自分の気持ちをごまかすための独り言を呟きながらざーざーという無機質な砂嵐を飽きるほど聞いているうちに、奇妙な違和感を覚えた。
「ざーざーざーーーざざざーーー……ざ…ざ……ざーざーざーーーざざざーーー……」
(同じ音が……繰り返してる?砂嵐なのに?)
本当にただ何となく、道端に落ちている空き缶をゴミ箱に投げ入れる程度の気まぐれで、その時の僕は砂嵐を録音した。
◇
――7年前
「我々は宇宙人だ」
そんな冗談みたいな宣言から間もなくして、地球の支配者は人類からストーゲル星人に置き換わった。地球人とストーゲル星人は比較的近い見た目であったがその科学力には雲泥の差があり、軍事力に至っては赤子と大人を超えてもはやミジンコとティラノサウルス程度に開いており、抵抗すら許されない程だったのだ。
しかし、ストーゲル星人の支配はひいき目を抜きにしても極めて平和的だった。地球の一部をストーゲル星人に提供した後は技術提供までしてもらえたし町中を地球人とストーゲル星人が入り乱れて歩いている光景もすぐに珍しくはなくなっていた。当然、僕のバイトする喫茶店にふらりと来店するのだってよくあることだ。
「じゃあさ、クーガー達以外にも宇宙人っているの?」
「ああ、いるさ。俺たちが知ってる地球と同等かそれ以上の文化を有する惑星がだいたい300くらいなんだが……もしかしたらもっと前に他の宇宙人がコンタクトしてたりもするんじゃないか?」
それはいつもの雑談だった。ストーゲル星人の若者であるクーガーは極めて人当たりのいい性質であり、僕に限らず店員や初対面のはずの客と談笑することがよくあり、この日の相手がたまたま僕だったというだけのこと。だけどこの時の僕はどういうわけかとある眠れない夜のことを思い出してしまい、あの日以来欠かさず持ち歩いているラジオを取り出して録音を聞かせてみた。
「これ、昔偶然聞こえたやつなんだけど……なんか、こういう感じの交信をする宇宙人っていたりするのか?」
「いや、俺は知らないが……もし興味あるなら宇宙言語学についての資料でも読んでみたらどうだ?ストーゲル星から取り寄せてやろうか?」
思いがけない申し出。どうしてあの砂嵐が気になっているのかは自分でもよく分からないのだが、その時の僕は好奇心の赴くままに了承した。
◇
――3年前
「我々は宇宙人だ」
そんな聞きなれた宣言から間もなくして、地球の支配者はストーゲル星人からドロッサリア星人に置き換わった。ドロッサリア星人は人類ともストーゲル星人とも似通った見た目をしていたが、軍事力と凶暴性に関してはその両者を足して尚及ばない程だった。
ドロッサリア星人による支配は表面的には穏やかでありながら実態としては一切の自由を与えてくれず、人類とストーゲル星人は強制労働をさせられながら僅かばかりの自由を求めて競争させられていた。
「結局、無駄になっちゃったなぁ……」
狭苦しい部屋の中、もはや持っている意味もなくなったラジオを見つめながら俯いていると、クーガーが気を利かせて話しかけてくれた。
「無駄になったって、ラジオがか?それとも前に言ってた勉強か?」
「よく覚えてるね……どっちもだよ。せっかくあの砂嵐の意味が分かったってのにその途端に侵略だよ?やんなっちゃうよ」
「無駄ってことはねぇさ。少なくとも今ここで話のタネにできてる。なあ、教えてくれよ。あの砂嵐、どこの誰からのメッセージだったんだ?」
溜息とともにどうしようもない不満を漏らす。しかしクーガーはそんな僕にも以前から変わらぬ明るさで話しかけてくれた。その明るさに自分でもよく分からない申し訳なさを感じた僕は、こっそりと勉強の成果を話すことにした。
「どこのだれか、までは分からないよ。ゼーベン星の言語に似てるんだけど微妙に違ってて、たぶんその近辺のもっと古い星の言葉だと思うんだ。日本語に訳すならそうだな……これを聞いているあなたの所に会いに行く、待ってろ、みたいな感じ?」
「なんだそりゃ?誰が聞いてるかなんてわかんないだろ」
「そうなんだよなぁ……だから何かメッセージをこちらから送れないかと思ってたんだけど……」
そこまで話したところで勢いよくドアが叩かれ、驚いて思わずラジオを落としそうになったがうまいことクーガーがキャッチしてくれて事なきを得た。
「332番、いつまでぺちゃくちゃ喋ってやがる!明日の作業で居眠りでもしたらぶっ殺すぞ!」
ドロッサリア星人の監視員に怒鳴られてしまった。僕はクーガーと目を見合わせると仕方なしにそのままベッドに戻り無理矢理目を閉じて眠りについた。
◇
――1ヶ月前
地球に巨大隕石が接近しているという情報が入った。直撃は1ヶ月後、何故このタイミングまで気付くことができなかったのかはどうやらドロッサリア星人にも分からないらしい。ドロッサリア星人の技術力をもってしても破壊不可能だったその隕石を前に急ピッチで脱出計画が立てられていたが、混乱は1ヶ月かけてもおさまりそうには思えなかった。
◇
――現在
「お待たせ!会いに来たよ!ちゃーんと地球語だって勉強したんだからね!」
そんな気の抜けた宣言から間もなくして、地球の支配者はドロッサリア星人から超巨大宇宙怪獣コズモディガに置き換わった。科学も何も意味が無い、文字通り次元違いの生物はあらゆる文明を容易く破壊するほどの力をほんの少しだけ振るってドロッサリア星人の軍事力を壊滅に追い込んだ。
「私ね!ずっと寂しかったの!だから銀河中に色んなメッセージ送ってたんだけど……来てもオッケーって言ってくれたの、あなたが初めてだったの!」
コズモディガは己の脳機能の一部を利用して地球人の少女そっくりの子機を作り出すと、そのまま地球人の男性と共に生活することを宣言した。とどのつまりその地球人というのがなんの因果かこの僕というわけだ。
「テレパシー使って地球の文化も学習したのよ!このボディはあなたの好みと99%以上合致してるはずなんだけどどうかな?あ、あとね?ストーゲル星人の時は楽しそうだったから見逃してたけどドロッサリア星人が来たときは楽しくなさそうだったから全部壊しちゃった!」
地球人にとってこれが凶兆なのか吉兆なのかは分からない。きっと後世の歴史家とかが判断することなのだろう。だから僕に言えることはたった一つしかなかった。
「えーっと……ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
こうして自分でもよく分からないまま超宇宙規模生命体とのラブストーリーが始まってしまったのだった。
〈了〉
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