お題:【二度とやりたくない】をテーマにした小説
「……あ、もう喋っていいの?」
――ええ。もうマイクのスイッチは入れてますから。
「オッケー。どこから喋ったらいい?最初から?最初からって言ってもどこだろうな……とりあえずバイト先に着いた時からでいい?」
――かまいませんよ。
「はいはい。えーっとね、アレは○月×日のことだったなぁ。勿論今年のね?場所はN県の……どこだったかなぁ。M市近くの山の中ってとこまでは覚えてんだけど、詳しい住所は後ででいい?だいじょーぶだいじょーぶ、メモってるから!わかんないってことは無いから!」
――ええ、大丈夫です。それで、その山の中でどうしたんですか?
「ああ、そうそう。山の中でねぇ、バイトすることになったの。大学の掲示板に短期って言うか日雇いのバイトの募集があってさぁ、日給が凄い良かったからそのまま申し込んじゃったの。友達はみーんな都合悪かったから私一人で。募集してんのが1人だけだったからもう遅いかなーって思ったんだけど、運よくOKだったのよ。M市は結構遠いんだけど、交通費も出るって言うからさ?当日は電車使って行ったっけなぁ」
――あの、とりあえずその辺は端折ってもらって大丈夫です。とにかくバイト先に着いてからのことをお願いします。
「あー、ごめんごめん。山の中の、そんなに高くなかったなぁ。山自体がそんなに高い山じゃなかったんだけど、その中の真ん中より下くらい?その辺に小さなプレハブ小屋があってさぁ。その中にカントクカン?とかいう人がいたのよ。バイトの■■でーすって言ったらそのまま作業着渡されて、これに着替えたら近くにある家の片づけをしてくださいって言われたの」
――つかぬことをお伺いしますが、他に人は?
「いなかったなぁ。バイトに来たのも私一人、カントクカン以外で小屋とか家の周りにいた人もいなくて。最初はなんか怪しいなーって思ったんだけど、バイト代はもう貰っちゃったし、せっかくだからやってくかーって」
――わかりました。では、そのままその家に向かったのですか?
「そうそう。カントクカンに案内されて、歩いて2~300メートルくらいじゃなかったかなぁ?詳しく測ってないからわかんないけどさ、そんくらい歩いた先に家があったの。ログハウスって言うの?木製の割とおっきめの家があって、この家の片づけをしてくださいって。一人でこんなでっかい家の片づけするんだからそりゃバイト代が良くないとやってらんないよなって勝手に納得してたかな」
――カントクカンは監視したりしなかったのですか?
「ナイナイ。時間になったら呼びに来るからそれまでに出来るだけやってろって。あ、それとさ、上手くできてたら追加報酬もあるだなんていうから結構やる気出たんだよね」
――なるほど。ちなみに、家の中はどんな様子でしたか?
「ああいう家に住んだこと無いからわかんないけどさぁ、ドラマとかに出てくるログハウス?だいたいあんな感じよ。二階建てで一階部分は広々としたリビング、それにキッチンやトイレ、あとお風呂。二階には個室が4つと小さいラウンジ、あとベランダに出るための扉。掃除しろって言われたからどーんな汚部屋かびくびくしてたんだけど、どこを見ても結構綺麗になってたのよね。だから拍子抜けちゃった」
――それでも掃除はされたのですか?
「まあねー。多少さぼろうかなーとも思ったんだけど、なーんかカントクカンが怖くってさぁ。それに何もしないでお金貰うって言うのも気が引けたからね、モップかけてー、雑巾がけしてー、水回りも洗ったりして。かなり広かったから休み休みやったけど、それでも結構綺麗になったんじゃない?」
――その中で、何かおかしなことは?
「えー?おかしなってそんな漠然としたこと聞かれても……あ!あったわあったわ!二階の個室の中に一個だけ、変な部屋があったの!」
――変な、とは?
「あのねー、その部屋だけ他の部屋と違って本棚とかクローゼットとか、いろいろと家具が置いてあったの。本棚には本も入ってたしクローゼットにもいくらか服がかけてあったし、あの部屋だけ誰かが使ってるんじゃない?って感じ」
――それだけ、ですか?
「ううん、こんなこと言っても信じてもらえないかもだけど……私ね?その部屋に置いてあった本を一冊手に取ってみたの。そしたらなんていうのかな……急に眩暈がしたっていうか、一瞬地震でも起きたのかと錯覚するくらいに視界が揺れて、急に気持ち悪くなったの。本汚したら怒られるってとっさに思ってから慌てて本棚に戻して、そのままトイレに駆け込んだのよ。まあ、結局吐かないで済んだんだけどね?」
――その後はどうされたんです?
「どうって言われてもなぁ……とりあえずその部屋も含めて全部掃除してたら思ったよりも早くカントクカンがやってきて、一通り家を見回った後にいい仕事ですねって言って給料にちょっと上乗せしてくれたの。作業着はそのまま返して、そのまま帰ったわ。勿論電車で。バイト代は良かったんだけど場所は遠かったし、あの本のこともあるし。正直言っちゃえば二度とやりたくないな……って感じかなぁ」
――わかりました、それではインタビューを終了します。本日はわざわざお付き合いいただきありがとうございました。
「いえいえこちらこそ。それより……いいんですか?こんなことで報酬貰っちゃって」
――勿論です、それでは最後にこれを見ていただけますか?
「え?いいですけど何を?契約書?」
――こちらです。
そう言うと彼女は小さなタブレット端末とイヤホンを取り出した。私は促されるままにイヤホンを付け、それを確認するとそのまま映像を再生し始めた。
◇
「——はい。やはり彼女接触してました、話を聞く限り第2種ですね。その上でピンピンしてるんですから、アレはもう才能ですよ。うちにスカウトした方がトータルでお得なんじゃないですか?……わかってますよ、ジョークです。記憶処理を施したので大丈夫だとは思いますが……あの調子ならもう何度かバイトしてもらうことになりそうです」
報告を済ませて通信を切り、端末をバッグにしまってから空を見上げて小さく息をつく。
「にしても……彼女からしたら記憶が無いままに収入が増えてくってこと?5億年ボタン的な感じなのかな?羨ましいような哀れなような……」
二度とやりたくないバイトを何度もやらされる運命にある少女に一抹の同情を覚えながら。
〈了〉
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