お題:【列車】をテーマにした小説
身体に感じる微かな揺れ。がたがたという心地よい音、窓の向こうを流れていく景色。
「悪くないもんだねぇ、列車での一人旅ってのも」
「……先輩のせいで二人旅になってるわけですが」
本来ならばこの旅は一人旅のはずだった。何せ失恋したばかりの傷心旅行、それも美女がやるならば絵にもなるだろうが冴えない男子学生の傷心旅行となれば友人にからかわれることは必至だ。無論後日そうなることは考えられるが少なくとも旅行の間くらいは一人になりたかった。
「いいじゃんいいじゃん、傷心旅行って言ったって1人でぼけーっとしてるより2人でわいわい騒いだ方が忘れられるって」
「振った本人が言いますかねそれ!一番忘れなきゃいけない相手が傍にいたら傷が広がるに決まってんじゃないですか!」
ましてや失恋の相手なんて今一番会いたくない相手だ。いや、本音を言えば決して嬉しくないわけではないのだが、それはそれでまだワンチャンあるのではないかという僅かな希望に縋っている自分が見えてくるようでかなり嫌だ。
「振ったって言うけどねぇ、私はただ付き合えないって言っただけだよ?男の子ってどーして恋愛関係にならないってだけのことがそのまま半絶縁までエスカレートするかなぁ?」
「それは……まぁ、そうかもしれないんですけど……いや!どっちかって言うとそうなりそうな心を整理するための一人旅だったんですよ!」
うっかり流されそうになったがそれはそれとして反論するべきことはしておかないといけない。というか一回振られたせいなのか前よりも気兼ねなくモノが言えるようになってる気がするのだが先輩は特に以前と変化していないようだ。元からそういう性格の人ではあるのだが、それにしたって今日はひどい。
「なんですか?こっちの傷口に塩でも塗りに来たんですか?」
「まさか!私はただ単に落ち込んだ後輩のことを慰めてあげたいなーって思ってるだけだよ」
それがどこまで本気なのか分からない。先輩のことだから本心から言ってる可能性もあるのでたちが悪い。
「……もういいです、僕は一人で勝手に旅するんで、ついてきたけりゃそうしてください」
あまり考えすぎてもキリがない。いるものはもう仕方ないと自分に向かって言い聞かせ、ヘッドホンで聴覚を封じつつ視界を風景だけに集中させる。多少強引だがこれでようやく一人旅が成立した、あとは目的地に着くまでの間のんびり景色と音楽を楽しみながらスマホで旅行コースをおさらいすることにした。
「——ぇ――——ぉ――」
先輩が何か言っている。しかし僕はもう意地でも先輩を気にしないことに決めたのだ。そういう風にメンタルをリセットすることこそがこの旅の目的なのだから、そう決めてみると意外とすぐに落ち着いてくる。思い込みの力とはなかなか侮れないもので、今僕の心はタイトルまでは知らないけど聞いたことがある程度のJ-POP、流れていく山や道路や町の風景だけに染まっていき――――
「————————ッ!?!?」
視界を埋め尽くす先輩の顔と、唇に触れる柔らかな感触が一気に現実に引き戻した。
「あ、やーっとこっちに気付いた。だからさー、言ってんじゃん?今は付き合えないけどちょいとした事情があって、あと3か月くらいしたら暇になるからその時まだ好きでいてくれたらまた告白して……って聞いてる?」
流れていく風景。先輩の顔。流行りのJ-POP。先輩のにおい。旅行のスケジュール。先輩のやわらかさ。先輩の声。すべての意識がフリーズして、今はもう何も考えられなくなっていた。
<了>
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