お題:【焼肉】をテーマにした小説
真っ白な部屋だった。部屋のあちこちが鋭く、滑らかで、鈍い、部屋としての体裁をなしているのか怪しくなるほどに不安定で何も存在しなかったはずのそこに、いつの間にか4つの影が現れていた。
「うむ、誰一人欠けることなく集まったようだな。重畳重畳」
白髪の老人が鷹揚に笑う。雪のような白髪と長く蓄えた白いひげ、左右の脚は金色に光る鉱石で作られた義足になっており、宇宙のような胴体に白いマントを羽織っている。彼の名はクレーモルト、地球の概念に照らし合わせれば並行宇宙を司る神と呼ばれる存在だ。
「そもそも私達の内誰か一人でも欠けるような事態になっていれば、流石にこんなことはしていられんさ」
次に口——そう呼べる器官があるかは定かではないが――を開いたのは赤い鎧だ。女性的な形状をしたフルプレートアーマーの名はランティ、宇宙の中に存在する無数の恒星系を司る神だ。
「トモアレ、サッサト始メテシマオウ。我ラ全員、暇トイウワケデモナイノダ」
合成音声にも似た声で話すのは虹色に輝く球体だ。周囲には7つの小さな球と環状の部品が浮いており、よく見ればゆっくりと回転しているようだった。名はフィロブレント、時空を司る神だ。
「うむ、そうだな。それでは始めようか。頼むぞ、焼肉の神よ」
「だからオレは焼肉の神じゃねーって言ってんだろうが!!!」
もう一人の神がクレーモルトにツッコんだ。見た目は所謂一般的な地球人、黒い短髪の青年だ。彼の名はテラ、地球を司る神だ。決して焼き肉を司る神などではない。
◇
話は10億年ほど前まで遡る。地球が滅亡してから既に300億年近い時間が経過した頃、テラは地球を管理する者の最後の仕事として地球に発生した様々な文化や生命を記録する作業の真っ最中だった。同じ頃クレーモルト、ランティ、フィロブレントもまたそれぞれが別の仕事のため神々のコワーキングスペースに集まっていた。
「む?おいテラ、その食文化……それはなんだ?」
「ん?ああ、これは焼肉って言うんだよ」
机の上にばら撒かれた無数の資料、その中に短く記載された焼肉の情報に、ランティが偶然目を付けた。
「動物の肉を食べやすいサイズに切って鉄板で焼いて食べる、ただそれだけの料理さ。料理としては非常に単純なくせして、技術が発達した時代になってもまだ人気があったんだ。面白いだろ?」
資料から目を離さないままテラは返答する。なんてことのない日常会話のひとつに過ぎないはずだった、いつもならば。
「何故ダ?」
それまで一言も話していなかったフィロブレントが疑問を口にした。テラとランティは思わず同時にフィロブレントの方を見る。
「料理ハ様々ナ文化系ノ中デ発生シ、ソノ中デ発展シテイク。ダトイウノニ何故焼肉ハ人気ガアルノダ?」
「いや、そういわれても……」
真っすぐにぶつけられた疑問に、テラは思わず口ごもってしまう。
「焼肉はこう……自分で焼きながら食べるんだ。それも沢山の人間で同じテーブルを囲みながら。焼きたてですぐ食べれるとか、コミュニケーションになるとか、いろんな理由があったんじゃねぇかなぁ……?」
「それは……よくないな」
今度はクレーモルトが口を挟んできたことに驚き、テラは大きく目を見開いてそちらを見る。
「君の仕事は地球の管理……そこにわからないことが残ったまま仕事を終える、というのは非常によくない」
「なんだよ、俺の仕事に文句付けるつもりか?」
テラは反論しつつもクレーモルトの意図が見えずに困惑する。神々の間に管理するモノの違いはあっても能力や地位の優劣はない。場合によっては疑似的な命令系統を作成することもあるが、あくまでも一時的なものに過ぎず絶対的なものではない。それでありながらわざわざ他神の仕事に異論を挟む理由が分からなかった。
「まさか、私はただ提案したかったのだよ。我々で焼肉をすればその理由が分かるのではないか、とね」
「…………は?」
◇
「俺はまだ地球担当だし地球担当の仕事が終わっても焼肉担当なんて御免だからな!」
「はっはっは、なぁにただの冗談さ。それより今日は頼むよ?何せ焼肉について知っているのは君だけなのだから」
冗談なのか本気なのか、クレーモルトが何を考えているのかはイマイチよくわからない。わからないなりに、特に裏表がない……少なくとも明確に敵対していない限りは信用していい神物であると、テラはそう判断していた。
「とりあえず焼肉に必要なのは肉を焼くためのプレート、トングなどの道具、実際に焼く肉や野菜、そして肉に味を付けるための塩コショウやタレ……調味料だ。ゴッド公民館の予約に思ったより手間取ったから他に必要なものはアンタたちに頼んだんだが……大丈夫だろうな?」
「問題ない」
そう言いながらランティはどこからともなく赤い球体を取り出した。
「私の管理する恒星の中でも最も小さいモノだ。これに肉を当てれば問題なく火を通せるだろう」
「……表面温度は?」
「低めのモノを選んだからな、だいたい3000度くらいじゃないか?」
「肉焼くって言ってんだろうが!100度~200度もあれば十分なんだよ!!!」
ランティは驚いたのか大げさに体を動かして仰け反った。しばらく固まっていたが、そのままシュンとしてしまった。
「まぁまぁ、熱いのならば冷やしてやればいいだろう。丸い形状なのも表面積が増えてちょうどいい」
「ヤレヤレ、次ハ私ダナ」
適当なことを言っているクレーモルトを尻目に、フィロブレントはランティ同様どこからともなく虹色の球体を取り出した。
「えっなにそれ、あんたの一部?」
「面白イジョークダナ。コレハ私ノ知ル最高ノ調味料、%n/ョQIだ」
「なんて!?今なんて言った!?」
心の底から何を言っているのかが理解できなくて思わず叫んでしまった。
「%n/ョQIダヨ。朝トイウ時間概念ヲ圧縮シタ調味料デ、18次元ニ到達シタ文科系デハ大人気デ……」
「地球の料理なんだよ!!!地球人はマックスでも4次元にしか到達してないんだよ!!!」
語気を強めたテラの迫力に思わずフィロブレントは黙ってしまう。
「まあまあ、案外合うかもしれないぞ?」
「……あんたは大丈夫だよな?」
先の二例から不安に駆られたテラは思わず問いかける。だがクレーモルトは鷹揚な態度を一切崩さない。
「安心したまえ、この場に合わせて最上級の肉を用意したぞ」
そう言ってクレーモルトは真っ白な球体を取り出した。
「虚無の肉だ。虚無の概念と肉の概念を融合させた無と有の合成肉、知ってるぞ?カロリーゼロと言うのが人気だったんだろう?」
「だ!か!ら!!!普通の牛とか豚の肉でいいの!ていうか!!!」
意味があるのかわからない、わからないがそれでもテラは叫ばずにはいられなかった。
「なんで揃いも揃って球体ばっか持ってくるんだよ!!!」
了
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