お題【刀】をテーマにした小説
丑三つ時。草木を起こさぬほど静かに、夜風を置き去りにするほど速く、忍者
(いったいこれはどういうことだというのだろうか)
速度を一切落とさないまま、左手に抱えた刀に意識を向ける。長さにして二尺三寸、華美な装飾も無ければ形状も特におかしなところのない、一見してごく普通の刀。それは虎太郎が今回の任務にあたり預けられた”妖刀”であった。
◇
遡ること二刻前、虎太郎は
(忍びを6人、それもおそらく流派がバラバラであろう者達をこんなに集めて一体此度の雇い主は何をさせるつもりだ……?)
虎太郎はまだ若く、忍者としてこなした仕事もそう多くはない。しかし経験不足を抜きにしてもこの任務が厄介事になりそうなことを薄々と感じていた。他の5人と敵対することも十分にあり得る、少しでも情報を集めるべく部屋の隅々に至るまで注意深く観察していると、しばらくしてから襖が開き、6人の目が一斉にそちらに向けられた。
「全員揃っているようだな」
そう言いながら一人の男が部屋に入る。裃を着ていて、顔を黒い布で隠しているせいで表情までは伺い知れないが、声や手、姿勢から老人であるようだ。その枯れ枝のような細腕に、虎太郎はどこか得体のしれない恐ろしさを感じて僅かにだが全身に力が入るのを感じた。
「まず最初に言っておく、これから下す任務は他言無用。例え君達の親兄弟、頭領からの命令だとしても誰にも口を割ってはならない。当然、誰にも協力を頼まず独力で達成すること。納得できぬ者はいないな?」
誰からでもなく、忍び達は首肯する。老人はそれを見ると襖の向こう側に向かって声をかけ、間もなくして大きな箱を持った2人の男が現れる。男達がゆっくり箱を開けると、その中には6本の刀が収められていた。
「よいか、これはすべて妖刀……
「城の外で破壊しろ、と?」
女の声。忍者の1人が問いかける。
「そうだ。これは破壊せねばならないのだが、それには然るべき場所でなければいけない。万が一にも奪われたり、関係ない場所で破壊してはならぬ」
不可解な任務だ。城の宝を破壊しろと言う、それも城から離れた場所で。或いはこの任務そのものが偽りであり、自分たちを貶めるための罠ではないのか?そんな疑いが心に滲んだ、その直後だ。
「よいか、この任務は儂が個人的に頼む者でも、ましてや殿からの命令でもない……征夷大将軍御影泰久様からの勅令である」
そう言って、老人は一枚の書状を取り出した。この国の頂点を示す印が書かれたそれは、一介の忍者の疑問を封殺して余りある力を持っている。
かくして、風馬虎太郎をはじめとする6人の忍者はそこから先一切の疑問を挟むことなく妖刀を手に城を跡にしたのだった。
◇
夜明けが近い。日が昇れば闇に溶けるための忍装束は逆に目立ってしまう。人目に付かず、且つ人里に近い場所を探し、村はずれの小屋に目を付けた虎太郎は人気が無いことを確認して中に入る。そのままごく普通の麻の服に着替えると、荷物をまとめて小屋を出る。
その直後、高速で飛来する何かを手にしたクナイで撃ち落とした。
「何奴!?」
「その刀……置いていきな。そしたら生かして返してやる」
姿は見えず、声だけが聞こえる。周囲を注意深く探るが、気配すらわからない。
「断る。これは大事な預かりものでな、得体のしれない人間に渡せるものではないのだよ」
虎太郎は応えながらすり足でゆっくりと移動する。少しでも村に近づき、いざという時はそのまま逃げだして人に紛れるために。
「なぁに言ってんだよ、どうせ壊すんだ、人にくれたって変わんないだろ?」
「貴様、まさか同じ任務を……?」
答えは無く、その代わりに三方向から飛来する何か。躱し、受け止め、撃ち落とす。手練れだ。少なくとも不利な条件で戦って勝てる相手ではない。選択肢の一つだった逃亡、それを試みる度に何かが飛び、的確に逃げ道を潰す。
「何も知らねぇんだな。そいつをぶっ壊しちまうと、なぁんもかんも終わりなんだぜぇ!」
「お前の言うことが事実かはどうでもいい」
虎太郎は覚悟を決める。預かった妖刀は背に負い、代わりに自分の刀を抜いてどこにいるかもわからない敵に向けて言い放つ。
「忍者にとって受けた命令は絶対。押し通らせてもらうぞ」
姿も見えず、理由もわからない敵との戦い。それでも躊躇は一切無い。戦いの火蓋は静かに切って落とされた。
◇
真夜中の天守閣、一人の老人が窓から月を見ている。時の将軍、御影泰久その人であった。
「首尾は上々か?」
「はっ。手筈通り、五行剣は6人の若い忍びに託しました」
闇の中から聞こえた声に満足そうに頷くと、泰久は杯の酒を一息に飲み干す。
「これは間違った歴史なのだ。五行剣によって捻じ曲げられた、江戸ならぬ幕府の日本は正さねばならぬ……しかしその度胸は儂にはない。故にこれはもう、誰かにやらせるしかあるまいよ」
「奴らがしくじったならば?」
「その時はその時よ。この歴史を正しき歴史として、そうさなぁ。この世を我が物とするのも良いかもしれんが、それはそれよ」
退廃的な笑みを浮かべて泰久は静かに笑う。自分が振った賽の行方を夢想しながら。
了
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