お題:【スタンド】をテーマにした小説

 私の名前は上坂翔子うえさか しょうこ。つい先月高校生になったばかりの一般的な女の子だ。身長160㎝、学校の成績は平均より少し上、スポーツは苦手だが体を動かすのは好きで、特に長距離走や水泳みたいなひたすら体を動かすだけの競技が好きだ。高校入学を機に伸ばし始めた髪はようやく肩に届く程度の長さになっていて、自画自賛になるが割と似合っていると思う。クラスにはもう何人か友達ができて、彼氏はまだいないけど客観的に言って順風満帆な高校生活をスタートできていると言えるのではないだろうか。


 さて、そんな私には今二つの悩みがある。その一つがストーカーだ。入学式の少し前あたりから視線を感じるようになって、その時は勘違いだと思っていたけど、いつの間にか人の気配が少しずつ自分に近づいているのを感じていた。登下校だけじゃなく、家族や友人、或いは一人で出かけるときは必ずその気配を感じる。そのせいで最近は一人で出歩くこともめっきり無くなってしまった。その気配が、とうとう今になっては私の傍にいるのだ。比喩ではない。ストーカーは3日前から私の真横に立つようになった。


 あまりにも大胆過ぎて最初は何も言えなかった。友達のさくらちゃんも一瞬だけストーカーの方を見て、何も見ていないとでも言わんばかりの勢いで目を逸らした。気持ちはわかる、私だって自分のことでなければ目を逸らしたい。単なるストーカーならまだしも真横に立っているストーカーなんて怖すぎる。人間は理解できないものを恐れるのだと言うが、まさにそうだ。仮にこのストーカーがある日突然私に刃物を突き付けてきたとしても、無言で真横に立っている今ほどには怖くないかもしれない。


 ちらり、と一瞬横目でその姿を確認した。見た目は普通、どころかむしろカッコいいと言ってもいいくらいだ。身長は少なくとも180㎝は超えている、体格は服を着ていてもわかるほどに筋肉質で、真っ青なスーツに刈り上げた黒髪と黒縁眼鏡はストーカーという実態とはかけ離れていて、寧ろ真面目なサラリーマンと言った風体だ。仮に普通に告白されたならばOKしてしまいかねないほどの美丈夫だが、その視線はこちらではなくまっすぐ前を見つめている。意味が分からない。ストーカーなのだから見るべきは私なのではないのか?いや見て欲しいわけでもないのだが、とにもかくにもあらゆる要素が私のイメージするストーカー像からかけ離れていて、それが余計に怖かった。


 そしてもう一つ、私には悩みがある。真横に立つストーカーを超える悩みなんてそうそう無いと思っていたのだが、できてしまったのだからしょうがない。その悩みの種はいま、まさに私の目の前に立っている一組の男女だった。


「フフフ……まさかこんな近くにこの北条院静ほうじょういん しずか以外のスタンド使いがいただなんて、まさに灯台下暗し、ですわね」


 おそらく私と同じ高校生だろう、近所にあるお嬢様校の制服を着ている。身長は私より少し低いくらい、ゆるくパーマのかかった金髪に青い瞳は西洋人形にも似た可憐さと意志の強さを兼ね備えている。そんな、普段ならば同性でありながら見惚れてしまいそうな程の少女が今、白いスーツを着た長い黒髪の男を引き連れて私の前に立っている。否、そこで私は気付いてしまった。その男は決してボディガードのように少女に付き従っているのではない。のだと。


「あの……スタンドってもしかして、この?」


 私は恐る恐る真横のストーカーを指さし、彼女は無言で首肯する。あまりの事態に私は頭を抱えたくなったが、なんとかその衝動を堪えた。


「あのー、この人はストーカー、なんですけど……」


「そんなに堂々としたストーカーがいるわけないでしょう?」


 その通りだ。全くもってその通りだ。私が当事者でなければうんうんとうなずいていただろう。だがそうではないのだ。


「そもそもあなた、ストーカーの語源を知っていらして?」


「え?えーっと……」


「Stalk……忍び寄る、追跡するという意味の動詞にerを付けることでその行為者を、すなわち付きまとう人のことを指すようになったのですわ。ならば私の隣に立つこの人はStandスタンドと呼ぶべきでしょう?」


 少女は私の答えを待たずに解説する。いや、その理論だとスタンダーになるんじゃ……?


「故にスタンドを持つ者のことをスタンド使いと呼ぶのです。そして、1つの街に2人のスタンド使いは不要……」


「いや、ストーカーは犯罪なので0が望ましいと思うんですが」


「初対面の相手にこんなことを言うのは気が引けますが……あなたのスタンド、潰させていただきますわ。やりなさい!星野金太郎スター・ゴールド


星野金太郎スター・ゴールド!?!?」


 あらゆる意味で理解が追い付かずパンク寸前の私を置いてけぼりにするように目の前の男、星野金太郎スター・ゴールドは華麗なボクサーステップからの流れるようなワン・ツーで私のストーカーを殴り飛ばした。


「ストーカーさん!」


「フフフ、どうやらスタンドを手にしたばかりだったようね。とんだ肩透かしだわ」


 私の――いや私のではないのだがややこしいので便宜上こういう言い方をする――ストーカーは勢いよく吹っ飛ばされ、そのまま地面にうずくまってしまった。


「自分のスタンドの名前も知らないようでは、とてもじゃありませんがスタンドバトルなんてできませんわ」


 いやそりゃあ普通自分のストーカーの名前なんて逮捕された後警察から聞かされるくらいでしか知りようがないだろうし、知りたいとも思わない。


「翔子……さん……」


 その時、私のストーカーが口を開いた。え?ていうか私の名前を普通に呼ばれるのやっぱキモイ。見た目でカバーできない気持ち悪さがそこには存在していた。


「私の名前は……寒崎秀一ザ・コールド……どうかお呼びください……」


 理解が追い付かないというよりは一切理解したくない、脳容量の1ミリたりともこの一連の事件に割きたくないのが本音なのだが、しかし不思議な威圧感が私の口を動かしていた。


寒崎秀一ザ・コールドさん……」


 私がその名を呼んだ瞬間、寒崎秀一ストーカーは勢いよく立ち上がり、そして星野金太郎相手のストーカーに向けて突進する。


「無駄ァ!」


 寒崎秀一ストーカーの繰り出した力強い右ストレートは


「オラぁ!」


 星野金太郎相手のストーカーの拳によって迎撃される。


「どうやら、これからが本番のようですね。面白くなってきましたわ」


 北条院静変な人は勝手にテンションを上げている。こっちがヒエッヒエになっていることに少しは気付いてほしい。しかし二人のストーカー変質者共は私のことを置き去りにして戦いの激しさを増していく。


「無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」

「オラオラオラオラオラァ!」


 二人のストーカーが繰り出すパンチは時に空中でぶつかり、時に相手の肉体にダメージを与える。長いようで短い時間、何度も何度も殴り合いを続け、そうしてしばらくしてから


「無駄ァ!!!」


 寒崎秀一こっち側のストーカーの拳が、星野金太郎相手のストーカーを撃沈させた。


「初めてのスタンドバトルでこれほど……見事ですわ」


 北条院静ヤベー奴はとてもいい笑顔で私に歩み寄り、握手をするのであろう手を差し伸べる。私はゆっくりとその手を掴み、そして空いてる方の手でスマホを取り出した。


「もしもしポリスメン?変態を3人ほどしょっ引いてもらえません?」




 こうして3人の変質者は警察に連れていかれた。ついでに私も事情聴取で連れていかれた。おかげでその日の学校は欠席扱いになり、密かに皆勤賞を狙っていた私の思惑は早々に打ち砕かれてしまった。


 それからという者のストーカーは私の前から姿を消し、ようやく平穏な日々が帰ってきた。私の高校生活は、もしかしたら今ようやく始まったのかもしれない。


 ただ一つ、不安があるとすれば別れ際に北条院静変態お嬢様が言い放った一言。それが私の日々に決して小さくはない影を落としていた。


「スタンド使いは……引かれ合う」


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