お題:【最初と最後を同じ台詞で終わらせる】

 夢を見ている。

 これは夢なのだ、という自覚がある夢のことを明晰夢だとか幽体離脱だとかいうそうで、これが初めての経験だけど”そう”なのだということはなんとなく理解できた。


 夢の中の私は夢だというのに見知った教室の見知った席に座っている。2年B組松戸里香、すなわち自分の席だ。なんだか夢のない話だろうと一瞬思ったけど、そもそもいつもは違和感を持っていないだけで学校や家みたいな現実の延長みたいな舞台の夢を見ることはさして珍しいことではないのかもしれない。或いはそういった舞台だからこそ普段は夢に違和感を持たないでいられるのだろうか?


「んー、なんか違うかな」


 思考を整理するための独り言。たまには漫画や映画の舞台みたいな非日常の夢を見ることがある、けれどそんな場所でも違和感を持つことは無い。おそらくだが、夢とはそういうものなのだろう。違和感を持つことが無い、もし違和感を抱いたならばそれは違和感を抱くという風に決められているのだ。夢の世界、肉体から解き放たれた私の意識は脳が産み出した脚本の奴隷になっている。


「つまり今、私は自分に勝ったんだ」


 きっと偶然見ただけの明晰夢で、私は勝手に勝ち誇っている。そう思えば急に何でもできる気がしてきた。勢いよく椅子から立ち上がり窓に駆け寄る。絵具で塗りつぶしたような雲一つない青空はいつか見たような気がするし、私の空想力が無いだけにも思える。

 なんでもできるならやってみたいこと、としては我ながらありきたりだとは思うけど、まずは空を飛んでみたい。傍から見たら自殺でもするかのように、私は窓から飛び降りる。


(大丈夫、仮に飛べなくても2階の教室だ。夢の中だし死にはしないよたぶん。さあ、飛べ私!)


 幼い頃のような無責任な万能感。何年ぶりだろうか、夢の中で抱いたそれは思ったよりずっと心地よくていつまでも身を任せたくなる。私の体は地上に墜落するより早くふわりと浮き上がり、その後は風に吹かれて流されるように飛んでいく。


(んー、羽が生えたりはしないかー)


 融通が利くようで利かない。これも慣れていけば今以上に自由になっていくものなのだろうか?理想とは少し違うけれど空を飛ぶ感覚は思ったよりも気持ちが良くて、私はそのまま流されていく。


 雲が見えたらウォーターベッドみたいに変化させて思いっきり顔をうずめる。海が見えたら今度はカワセミみたいに突っ込んで悠々と泳ぐ。本当なら人魚みたいに変身して泳ぎたかったけれど、服も髪も濡れないし水中呼吸ができているから良しとする。


 一通り泳ぎを満喫したところで、私の中にひとつの疑問を浮かんだ。空を飛び、雲に飛び込み、海を自在に泳ぐ。なるほど確かに現実ではできないようなことを思いのままにできているだろう。けれど本当にこれだけで満足していいのだろうか?食べたことのないような美味しい料理だとか見たこともない面白い漫画とか、そういう「私の想像を超えた夢」は見れないのだろうか?


(見たい)


 どうせなのだ、現実では体感できないような、私に想像もつかないような、そんな夢を見てみたい。明晰夢なんて次いつ見れるかもわからない、もしかしたら二度と見れないかもしれないのだ。試せることは今のうちに試してしまいたい。


(見たい、見たい、見たい、見たい、見たい!)


 どうイメージすればいいのかもわからない。わからないなりにひたすら念じる。


(見たい!見せて!私が今本当に欲しいもの!私の想像を超えた夢を!)


 それが通じたのか、わからない。


 気付けば油絵の絵具を削るみたいに空も海もはがれていく。何もかもが白い世界、そこから一瞬の間をおいて、私はまた教室にいた。


(あぁ、そっか)


 そこで、ようやく気付いた。一番最初、私のいた教室が、何のイメージも混ざっていない、私の欲しい夢だったんだ。




―――――白い壁、白い天井、白いベッドの上で目を覚ます。見慣れてしまった病室、窓の外にはグレー一色の陰気な空。つけっぱなしのTVには海洋生物を特集した番組。うたた寝をしていたらしい、最後に記憶している時から30分くらいの時間が経っていた。夢の中で私は飛び回って、泳ぎ回って、それでも、走り回るのは忘れてしまった。


 夢の中でさえ、私は夢を叶え損ねた。となるともう仕方ない、あとはもう現実で夢を叶えるしかないのだと、観念したような安心したような気分だった。


 私は起きたまま、走り回る夢を見ている。

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