お題:【ロリババア】をテーマにした小説

 沈みかけた日差しが神社を赤く染めている。鳥居は元から赤いけど、きっと普段とは違う赤色になっているのだろう。人の手で管理されているかも怪しい、山の上の小さな神社に僕は一人で立っている。何か特別お祈りしたいことがあったわけでもない。神様に興味があるわけでもない。ただなんとなく人のいないところを歩いてみたい気分になって、なんとなく普段歩かないような方に向かって歩いていたらいつの間にか辿り着いてしまった。


(一応、お参りくらいはしておこうかな)


 神社にお祈りするときというのは、例えば勉強に関するお祈りは菅原道真を祀る神社に行くようにちゃんとそこにいる神様に合わせたお祈りをするものなのだろう。大学受験の時期に行ったばかりだからまだ記憶に新しい。しかしこの神社は周囲をいくら探しても、スマホでこの辺りの伝説を調べてみても祀っている神様どころか神社の名前さえ出てこない。しかしせっかく神社に来たというのに何もお祈りしないというのもそれはそれで失礼に思えてしまう。父が縁起やら伝統にこだわる人だったせいで、僕自身もいくらかそういうことを気にしてしまっているようだ。先ほど見つけた賽銭箱に5円玉を一つ投げ入れ、二礼二拍一礼してからお祈りをする。


(いいことがありますように)


 神様を相手に社交辞令を言っているような味気ないお祈りだ、とは自分でも思う。それでも気になったならば解決しておくに越したことはないし、もしかしたら本当にいいことがあるかもしれない。


(さて、いい加減帰るか)


 だいたい10秒くらい頭を下げてから、神社を後にするっべく顔を挙げて踵を返す。なんとなく歩いてきたとは言っても一応帰り道の検討は付いている、階段を降りようとした時


「待たれよ」


 あどけないような凛としたような声。誰もいない筈の場所に何かがいるのかと驚き思わず振り返る。


「おうおぬし、賽銭を投げていくとは最近の人間にしては感心じゃ」


 それは、ロリだった。見た目は高く見積もっても小学校を卒業してはいないくらい、夕陽に一切染まらない白く長い髪を垂らし巫女のような装束に身を包んだ幼女だった。


「じゃがなあ、いくらなんでもいいことがありますように、はないじゃろ。儂にどんな願いを叶えろと言うのじゃ」


 それは、ロリと言うには言葉遣いが古すぎた。まるでババアのように。


「っていうかなんで僕のお祈りを知って」

「聞きたいか?それはじゃな」


 それは、ロリでもなく、ババアでもなく


「儂が、この神社の神様だからじゃよ」


 神様ロリババアだった。


「お祈りでなくても心の声は聞こえているからな?失礼な奴め」

「ところで、なんで神様がこんなところに?」


 知らんぷりをして話を続ける。逸らしたかったのが半分、実際に疑問に思っていたのが半分だ。


「なに、既に言ったじゃろう?この神社はちょいと異界化しかけておってのう、最近はあまり人が寄り付かず暇だったのじゃ。そこにおぬしと言う久方ぶりの人間が来たのを見てすこーしばかり優しくしてやりたくなったのじゃよ」

「それって、要するに?」

「うむ、気まぐれじゃな」


 そういって幼女ロリババアはけらけら笑った。どうやら神様ロリババアと人間と言えど行動原理にさほど大きな違いがあるわけでもないらしく、得体のしれない相手ロリババアを前にしたことによる緊張感はいくらか薄れてきた。


「じゃが」


 ロリババアは仕切り直しと言わんばかりに笑うのをやめてこちらを睨む。


「これもまた先程言ったことじゃが、いいことがありますようになどというお祈りは余りにもあやふやじゃ。おぬしだって晩御飯のメニューが何でもいいといわれたら何を作るのか迷うはずじゃ」


 俗っぽい上に何故か主婦目線のたとえ話だが言われてみればもっともだ。というか神様ロリババアも料理とかするのだろうか?


「つまり、もっと具体的なお願いをしろってことですか?」

「察しが良いのう、その通りじゃ。今の儂は気分がいいからそれなりの願いは叶えてやるぞ」


 言うてみい言うてみいと絡んでくるロリババアに若干の鬱陶しさを感じながら、せっかくなので幾つか願いの候補を考えてみる。


「えーっとそれじゃあ、宝くじを当てさせてくださいとか?」

「それだと3万円くらいの当たりくじしか用意できんがいいのか?」

「えっしょぼっ」


 しまった、思わず声に出ていた。だがまあ心の声も聞こえているというのだから大差はないだろう。


「声に出されるとそれはそれでムカつくからな?」


 ババアの口調が無くなるくらいにはダメだったようだ。これではただの口が悪いロリだ。


「そもそも儂の得意なことは縁結びでのう、当たりくじとおぬしの縁を結んでやればそれなりには当たるが、金とか色んなものが絡む故たいしたことはできんのじゃよ」


 縁結びが得意、その言葉を聞き逃さなかった。健全な男子大学生としては下手をすれば1億円の当たりくじよりも欲しいものがある。


「じゃあつまり、恋人をくださいってお祈りなら……?」

「それくらいは余裕じゃ。どのようなおなごが良いのじゃ?」


 心の中でガッツポーズを決めた。ついでに肉体でもガッツポーズを決めた。要するに全力でガッツポーズを決めた。彼女いない歴18年の自分に、ついに彼女ができる。美人な彼女が良いだろうか?家庭的な彼女が良いだろうか?或いは友達のように気さくな付き合いのできる彼女が良いだろうか?様々な思考と妄想が一瞬にして脳裏に浮かんでは消えていく。


「ほれ、早くせんと気が変わってしまうかもしれんぞ」

「えーっと、えーっと……それじゃあ」


 正直に言えばまだ思考はまとまらない。まとまらないなりになんとか口に出す。


「それじゃあ、可愛くて気が合って気楽におしゃべりできるような恋人が欲しいです」


 随分と贅沢を言ったような気がする。これは流石にダメだろうかと思ってロリババアの顔色を伺うと、しばらくうーんうーんと悩んでいる。やはりよっぽど難しいお祈りだっただろうか?しかししばらくしてから何かを決心したかのようにこちらを見据えて


「お主の気持ちは分かった。その願いはちゃんと考えてやる故、今日はまず帰るが良い」


 イマイチ煮え切らない答えだったが、とりあえずお礼を言って神社を後にする。思えば、そもそものお祈りからして社交辞令のようなものだったのだ。ならば神様ロリババアが社交辞令で話を終わらせても仕方がないとするべきだろう。むしろ願いを叶えてもらうよりもすっきりした気分で、そのまま帰路についた。



                   ◇



 これが、昨日の出来事だ。今日の僕はそんな出来事など最早白昼夢か何かだったのではないかと思い始めていて、いつも通り大学のカフェテリアで授業開始を待っていた時だった。


「お、お待たせ……」


 聞き覚えのある声に振り替える、そこにいたのは見覚えのある幼女、否幼女ロリババアだった。


「……え?」


 人間は本当にびっくりすると全く面白いことが言えなくなるらしい。実際に出た言葉だけじゃなく思考の隅々までが「え?」で埋まっていた。


「え?じゃなかろう。見た目も良く気も合って話して楽しい、そのような完璧なおなごなぞ……神である儂を置いて他におるまい?」


 圧倒的な自己肯定力と昨日感じた幾つかの違和感全てに筋が通った実感に軽い眩暈がする。しかしロリババアは人間の都合など一切気にしていない様子でにやにやしている。


「ここまで来たからには儂も覚悟を決めておる。おぬしが死ぬまで100年に満たないような僅かな時間、せいぜい伴にいてやるから安心せい」

「あの、1つ質問があるのですが」

「なんじゃ?言うてみい」


 恐る恐る、真っ先に浮かんでしまった疑問を口にする。


「見た目、ロリのままなんですか?」

「まま、じゃなぁ……」


 人生の最後までを小児性愛者ロリコンと呼ばれながら過ごす可能性に背筋を寒くしながら、僕は遠い空に意識を飛ばすのであった。


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