お題:【家族】をテーマにした作品
5月10日午前7時15分
きっとこれはどこにでもあるような普通の家族。今は父さんしかいないけど、それでも私は幸せだった。
「おはようっ!とーさん」
「ああ、おはようありす。朝ごはん、もう出来てるから食べちゃいなさい」
普通の朝。私がリビングのドアを開けるとまずパンがこんがり焼けた匂いが鼻をくすぐる。父さんはもう朝食を食べていて、TVにはワイドショーが流れているようだ。
「次のニュースです、Y県S市で強盗殺人事件が起きました。被害に遭ったのは……」
物騒なニュースに耳を傾けつつ、お皿に乗ったほかほかのトーストとベーコンエッグをひょいと頬張る。
「あっつ!……S市って結構近いじゃん」
「んぐ……そうだな、帰りは気を付けるんだぞ」
食べながら話すのは行儀が悪いとも思うが、うちでは父さんもよくやるので特に咎められることもない。短い会話はすぐに終わり弾むことはないが、決して仲が悪いわけではない。寧ろ反抗期が無かった分他の家と比べてずっと仲がいい家族だと思う。いや、他の家の事情に詳しいわけではないのでたぶんでしかないのだが。
「コーヒー、おかわりいる?」
「そうだな、頼めるか?」
「まかせて~」
普通の朝、普通の家族の普通の会話。なんてことのない日常の光景の中にピンポンとインターホンの音が鳴り響く。こんな時間にお客さん、というのも珍しいがあり得ないわけではないだろう。父さんのコーヒーだけを淹れてすぐに私は玄関に向かう。
「はーい、どちら様ですか?」
玄関を開けるとそこに立っていたのはいかにも警察官といった服装の2人組だ。50代くらいの白髪交じりの男と、20代くらいのまだ若い男。白髪交じりの方が警察手帳を掲げており、「刑事 村田幹彦」の文字が書かれている。
「朝早くに申し訳ございません、S市で起きた強盗殺人事件のことでこの辺を巡回しています、村田と言います」
S市の強盗殺人事件、と聞いて先程のワイドショーを思い出す。とは言ってもほとんど聞き流していたせいでどういった報道があったのかについてはまるでわかっていないのだが。
「ああ、もしかしてワイドショーでやってたやつですか?」
我ながらなんて適当な返しだろう。そうです、と相槌を打ってくれる刑事さんに申し訳ないような気がしてきた。
「犯人はまだ見つかっていないので、くれぐれも一人で出歩かないようにとか、怪しい人物を見つけたら通報してくださいとか、まあそういうことを言いに来たわけですよ。ちなみにお嬢さんはそういう人を見てませんかね?」
「うーん、アタシは今日父さんとしか会ってないから……犯人ってどんな顔してるんですか?」
なんてことのない問いかけのつもりだったのだが、刑事、村田さんは少し考え込んでしまった。若い方の警察官と少し話した後、実はねと前置きをして話し始めた。
「内緒にしておいてくださいよ……まあそのうち公式発表があるとはおもうんですがね?犯人の目撃情報が少な過ぎて今痕跡を探してるとこなんですよ。いちおう30~50台の男の線が濃いってとこまでは絞れたんですが、そんなやつごまんといるじゃないですか。私だってその一人ですからね」
それはそうだ。警察の捜査のことはよく知らないが、絞り込めたというにはあまりにも心もとないということはなんとなく察しが付く。
「なんで、犯人の情報が欲しいというか万が一犯人と遭遇した際に刺激せず逃げるようにしてください、と注意してるのがこの巡回の一番の目的なんですよ。追い詰められた犯人が民家に逃げ込んで人質を取るというのは考えられることですからね」
わかりました、と告げると満足そうに警察2人が帰っていった。視界から消えたのを確認してそのままドアを閉じる。
「あら、帰っちゃったのか」
いつの間にか、父さんは私の背後に立っていた。振り向いて、そして悪戯っぽく聞いてみる。
「ねぇ、さっきの人たち、私が本当のことを言ったらどうなってたかなぁ、とーさん?」
「それはお前も困っちゃうだろ?なぁ、ありす」
父さんは私が目も向けなかった朝刊を大きく広げてこちらに見せる。「S市にて強盗殺人事件、被害者の八重樫さん一家は家族3人全員が遺体で発見」と大きめに報じられている。
「家族3人全員、かぁ。ありすって本当にあの家の一員に数えられてなかったんだなぁ」
「そうなんだよねぇ、戸籍すら無いだなんて流石に私も引いたよ」
◇
5月9日午後9時4分
S市ではそれなりに知られた資産家、八重樫氏の家に1人の強盗が押し入った。強盗は慣れた手つきで家族3人を殺害、金になるものを探して家中を物色している最中に想定外のモノを見つけた。それが八重樫家において存在しない子として扱われてきた名前のない少女である。
目撃者を消すために殺害を試みた強盗に少女はある契約を持ち掛けた。1年間、少女の家族を演じれば八重樫家の隠し財産を教える契約。ハッキリ言って眉唾物、命乞いにしか思えない話だったが少女の目を見ていると本当にあるのでは?という気分にさせられる、そういう迫力があった。
かくして強盗はひとつの賭け、或いは単なる酔狂として少女と家族になる契約を交わしたのだ。
◇
5月10日午前7時45分
「にしても本当によかったのか?
「いいのよ、どうせ名前がもらえるならこういうのがいいってずっと思ってたの。他所向けにはありすってひらがなで書くから誰も気にしないわよ」
ありすは、ハッキリ言って今すぐにでも殺すべきなのかもしれない。殺して、埋めて、そうしてどこか遠い所へ姿を晦ますべきなのだとこれまでの経験が告げている。裏社会の伝手を使い偽装の戸籍まで用意して、あきらかに割に合わないと理性が警告している。それでも第六感が信じろと叫ぶ。賭けるに値する女だと、不思議な直感がある。
「学校への転入手続きは進めておくから、とりあえず学力だけでもさっさと追いついておけよ。まずは小学校卒業程度のレベルまでな」
「わかってるよ、ごうとーさん」
「……それ、絶対外で言うんじゃないぞ」
本当に良かったのだろうか?1年間も疑似家族生活をするだなんてそもそもマトモな家族すら持ったことのない俺にできるのか?いや、そもそもそんなことよりも先に悩むべきことがあるのではないのか?自分の正気に自信が無くなっている。
「学校までにいくつか揃えなきゃならないが、とりあえず今何か欲しいものあるか?」
「そうだなぁ……」
ありすは悪戯っぽく微笑んで
「とりあえず、お母さんが欲しいかなぁ」
最悪のおねだりを告げてきた。
了
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