【空が見えない場所】をテーマにした作品

>EXEC_SEEK_SECTOR/CODE:WAKE/.


 昏く沈み込んでいた意識がゆっくりと浮上する。カプセルの蓋が開き、私は気体の空気を久しぶりに取り込んだ。


「おはようございます、Ms.クローディア。現在は地球時間で新暦5602年7月10日AM4時5分、当機はワープ航行を終え通常空間を航行中、おとめ間もなく座銀河団を突破します。機体メンテナンスの必要があったためコールドスリープ中の船員からあなたを選んで目覚めてもらいました。質問はありますか?」


 合成音声による無感情なアナウンスは端的に現状を告げる。コールドスリープを終えたばかりの私の脳は昼寝をした時以上にスッキリしているが、まだ本調子には届かない。せっかくだから私は思い付いた疑問を口にすることにした。


「質問1、メンテナンスの必要を具体的に教えて。質問2、私以外の船員を起こさないのは作業が簡単だから?それとも何らかのトラブル?」


 指先から手首、肩、上半身、と段階的に肉体の動きを確認し、ゆっくりとコールドスリープ装置から抜け出す。あたりを見渡すと宇宙船の無機質な内装があるだけで他の人間の気配はない。


「質問3、レディを起こしておいてドリンクの1つも無いのかしら?出来たら朝食をセットで」

「これは失礼しました。まずは3つ目の回答からどうぞ」


 アナウンスの後即座に腰の高さほどの作業ロボットが食事を運んでくる。コップの中のミルクをひといきに飲み干してからサンドイッチに手を付ける。何のひねりもないBLTサンドだが味はなかなか悪くない、特にレタスが気に入った。


「改めて質問への回答です。メンテナンスの内容についてですが、当機は今より2時間前から詳細不明の信号を感知しました。Ms.クローディアにやっていただきたいのはこの信号がレーダーの故障によるものなのか、或いは未知の存在によるコンタクトなのかを確認することです。作業量自体は少なく、現在コールドスリープしている船員300名の内AIによってあなただけを起床させることになりました。あなただけを起床させたのは物資の消費を抑える目的です。」


 アナウンスの内容に不可思議な点はない。自分以外が全滅しているという最悪の展開でもなさそうだ。詳細不明の信号については考えすぎても仕方がない。サンドイッチの全てを飲み込み、髪を軽くだけセットしてからコントロールパネルを操作する。


「コンピュータ、その信号のデータを」


 表示して、と言うつもりだった。けれどその必要はなかったことをその瞬間知ることになった。


《生キテイマスカ?聞コエマスカ?》


 声ではない。耳を通さず直接脳に響いているかのよう。何も聞こえていないのに何を言っているかは理解できる、不思議な感覚だ。


「Ms.クローディア、たった今再び信号を感知しました、分析をお願いします」

「……知ってる」


 こんなことを言うのは科学文明の人間としては間違っているのかもしれない。しかし直感、或いは霊感とでもいうのだろうか?理屈無き理屈によって理解する。この声は、間違いなく生きている何者かによる交信だ。

 だが、なんと返せばいい?少なくともクローディアはテレパシーなんて使えない。通信装置は存在するがこれは同じ地球文明同士で更新するためのもので、電波を用いた通信しか使えない。スピーカーは付いていても宇宙に声は響かない。


(さて、どうしたものかな)


 クローディアは何か手がないか、端末を操作して幾つかの文献をピックアップする。主にオカルト関連、特にテレパシーや宇宙人との交信を目的とした本を。藁にもすがる思いで幾つかの資料を漁っていると、再び声が響く。


《あ、あなた!そうですそこのあなた!聞こえてますね!こっちの声が!》


 さっきの声とは打って変わって明るい声。最初の若干機械的な口調は何だったのだろうか?


「え、ちょっと待って、こっちの事を探知してる?」

《はい!あなたの思考が聞こえました私はホロ、あなたの認識に合わせれば宇宙人、ということになります》


 宇宙人ホロ、こちらの思考を聞いている。薄々そんな気はしていたがこれまでの常識を超える発言(?)にくらくらする。作業ロボットはそれを察知したのかコップ一杯のミネラルウォーターを持ってきてくれて、私はまたしてもひといきに飲み干した。


「えーっと、私の声が聞こえてるんだよね?口に出さなくても?」

《あ、大丈夫ですよ!言語を介して会話する生命体は発声した方が思考を読みやすいので、喋ってくれた方がこちらも聞き取りやすいんですよ》


 本当に、声が聞こえるとわかった途端随分フランク、或いは図々しくなった。だがまあせっかく(たぶん)人類初の宇宙人とのコンタクトだ、気持ちを切り替え真面目に話すことにした。


「私はクローディア、地球と言う惑星から来ました。天の川銀河……って言っても他の星には伝わらないか。母星の環境が悪くなったので移住できる星を探しています。あなたは?」

《私はホロ、コロン3号星の出身ですが今いるのはキュロー4号星です。人の住めない星を見つけて環境調査をしています》


 2つの星の名前はどちらも聞いたことが無かった。地球がいろんな星に名前を付けているように、ホロの母星でもいろんな星に独自の名前を付けているのだろう。情報量は特に増えていないがあまりよくない場所に住んでいることは分かった。


《キュロー4号星は人が生きていけないくらいの危険な星なんですが、原生生物や植物は結構発達してるんです。もしよければそちらの機械に信号を送って誘導しますよ?あとはえーっとそうだなぁ……》


 ホロの話を聞きながら、私は一つの選択肢を考えていた。ホロのいるキュロー4号星が地球人にとっては住みよい環境である可能性に賭けて誘導してもらう、と言うものだ。実際これはさほど悪くないように思えている。キュロー4号星に住めなくても宇宙人であるホロは今のところ友好的なように思える。もしかしたら他に地球と似た環境の星を知ることができるかもしれない。


 もちろんそこには危険がある。昔フィクションで見た宇宙海賊のように、私たちが罠に嵌められ殺されてはどうしようもない。こういった思考も向こうには筒抜けなのだろうか?


 危険が大きい選択肢ではあるものの、アナウンスによればこの宇宙船は1000年以上宇宙を飛び回っているのに未だ成果を挙げられていない、賭けに出る必要もあるのではないだろうか?しかしそれを独断で決めていいものか?

 様々な思考が脳内を駆け巡る。思考を聞けるというホロにはどう聞こえているのだろうか?


《あ、そうだそうだ私の容姿データも送りますね》


 その瞬間、思考が一気に吹っ飛んだ。かわいかった。ホロは比較的地球人によく似た容姿で、白くて長い髪と小動物のようなかわいらしく大きな目、とにかくかわいかった。


「……コンピュータ?私はこの友好的な宇宙人に対してコンタクトを取ることがこの船、ひいては地球人全体に対する益になると考えます。ホロ、この船をその星に誘導してください」


《わかりましたー!この星の空はとっても青くてきれいですよ、お待ちしていますねー》


 座標データはすぐに送られてきた。データと言うかよくわからない記号だったが、それは見た瞬間に理解できるものだった。


「よろしいのですか?」

「よろしいのです。コンピュータ、今すぐキュロー4号星に向かってください」


 大きく伸びをする。実感はないが1000年以上ぶりに、私は空の下へと突き進む。長い長い宇宙の旅が終わることを祈って、ついでに可愛い生き物に出会えることを信じて


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