【一人称によるキャラクターの自己紹介】

 物心ついたころ、私はもう銃を握っていた。父は死んだらしい。母は名前も知らない。ただ、私のような子供を兵士として訓練している場所なのだと言うことは誰から教えられるでもなく理解していた。戦場に行く度仲間は死んでいったが、私は器用だったのかそれとも運が良かったのか何度も生き延びた。銃で人を撃つことを、その時の私は何とも思っていなかった。食事の手伝いをするのと同じように、そうするのが当たり前であったのだ。


 ただ、無感情と言うわけではなかった。私が何も感じていないのはあくまでも殺人に関してだけだ。叱られたりぶたれたりすれば泣いたしプレゼントをもらった時は大いに笑った。私の食べられるお菓子と言えば普段はパサついたクッキーだけだったが、10人くらいぶっ殺した月はチョコレートをもらえた。甘くて舌の上でとろけて、とても幸せな味だった。チョコレートのためなら何人だって殺せるような気がした。10人殺したところで手を抜いたのがバレた時はとてもびっくりしたけれど、20人殺したら今度はチョコレートケーキをくれると言ってもらえたのでまた張り切って殺しに行った。ただ、結局私は19人しかぶっ殺せず、20人目に狙いを定めたところでこっそり迫っていた敵に胸を撃ち抜かれて、そのまま死んでしまった。食べたかったなぁ、チョコレートケーキ



                   ◇



 父は有名なピアニスト、母は優しくていつも家族を献身的に支えてくれていた。僕はひとつ年下の弟と仲が良く、2人で一緒にピアノを弾くのが好きだった。特に連弾が好きだ。一番好きな曲を1人で弾くよりも、嫌いな曲を連弾する方が好きだったくらいに連弾が好きだ。将来ピアニストになるかはわからなかったが、父も母も好きに生きなさいとだけ言ったので、幼い頃はとにかく好きにピアノを弾いていた。


 小学校を卒業した頃には、早いもので現実を知ることになっていた。弟にはピアノの才能があったが、僕はそうではなかった。このままピアノを続けてもプロとして活動するのは難しいだろうということがはっきりとわかったのだ。ピアニストとしての進路にこだわりがあったわけでもなかったから特に困りもしなかったけれど、弟は1人で弾くことが増えたから連弾が出来なくなって、それが少しだけ悲しかった。


 大学を卒業した僕はそのまま地元の出版社に就職した。少しは未練もあったのだろうか?音楽専門誌を扱っている会社だ。最初はなかなか希望が通らなかったが、4年ほどしてようやく望んだ部署に回された。もしかしたら家族の名前を出せばもっと早く希望が通ったのかもしれなかったが、あまりコネや家族のネームバリューに頼りたくはなかった。個人的なプライドとでもいうのだろうか?


 僕の手掛けた記事が紙面を飾るまさにその日、弟が交通事故に遭ったという知らせを聞いた。何故だ?どうして?弟はとてもいい奴だった。ピアノも上手くてもう外国で演奏するくらいになっている。綺麗な恋人ともうすぐ結婚するのだと言っていた。どんな挨拶をしようか、プレゼントは何が良いか、ずっとずっと考えていたのに。もし僕が変わってやれるのなら、今すぐにでも変わってやりたかった。



                   ◇



 海が好きだった。漁師町に生まれたからだろうか?初めてできた恋人と海で出会ったからだろうか?あるいは、単に魚が好きだという安直な理由からだろうか?それとも理由なんて無く、魂の性質とでも言うべきものが海と馴染むとかそういったどうしようもない理由なのだろうか?とにかくこの60年、海が付きまとう人生だった。


 一番強く思い出に残っているのは、37歳の頃だ。当時バツイチだった俺はお気に入りの岬で自殺しようとしている一人の女を見つけた。夢中で取り押さえようとした俺は結局勢い余ってそのまま海に転落したのだが、どうにかして二人とも助かることができて様々な紆余曲折を経て結婚した。結婚するまでは語り尽くせないほどのトラブルがあったというのに、結婚してからの日々は本当に幸せだった。娘も新しい妻にはすぐ懐いてくれたし、貧乏なりに恵まれていた、満たされていたとその時の俺は本気で信じていた。


 終わりというのは呆気の無いものだ。出張先から急いで帰宅した俺は、津波で流された家を見つけた。妻の遺体も娘の遺体も結局見つからなくて、何日も何ヶ月も何年もの間どこかで生きているんじゃないかと探してきた。10年以上経った今、慰霊式典を他人事のように眺めている自分に気付き、ふと、何もかもがどうでもよくなった。だから俺はあいつらがいるはずの海に向かって、その身を投げることにしたんだ。



                  ◇



「これで……終わりだぁッ!!!!!!」


 咆哮と共に魔王の胸に聖剣を突き立てる。渾身の手応え、これまで幾度となく苦戦させられてきた魔王との戦いに終止符が打たれたことを見るまでもなく確信していた。


 思えばずっと戦ってばかりの日々だった。14歳の誕生日、聖剣に選ばれて勇者となったオレはある時は魔王軍の魔物たち、またある時は伝説の竜神、またある時は古代遺跡の守護者と、毎日のように戦って、戦って、戦い続けて、それがようやく終わりを迎えたのだ。


「無駄だ、勇者よ。我は不滅、この肉体が滅びたとしても100年の時を経て再び蘇るのだ。お前が死んだ後の人間界をゆっくりと征服させてもらうとしよう」


「そうはならないさ、魔王。確かにオレは100年も生きられない。けどな、何度お前が蘇ってもその時代の人間が必ずお前を倒す。」


 末後の言葉を聞き終えた瞬間に目が合った、ような気がした。それが事実だったのかを確かめる間もなく、魔王の肉体は黒い灰になって空に消えていった。


 ここから、最後の仕事が待っている。聖剣は人の手に長く在り続けてはならないのだ。魔王の言葉は真実だろう。だからオレは、100年後の勇者のために聖剣を隠さなければならない。誰にも見つからないような場所に、勇者でなければ抜けないような封印を施す。己の命を賭して。それが聖剣に選ばれた俺の、最後の使命。


「さて、いったいどれくらいかかるかな」


 ただ、その仕事はどうせならできるだけ時間をかけてやろうと決めていた。それくらいのわがままは、きっと神様や魔王だって許してくれるだろうさ。



                   ◇



「待て、待て、待て」


 丸眼鏡をかけたいかにも胡散臭い男は、やや食い気味に話を遮った。


「俺はよう、お前のことを聞いてんの!さっきからなんだよお前!少年兵?ピアニストの家に生まれた雑誌記者?海の男?挙句の果てに魔王を倒した勇者ァ!?」


「気が早いなァ。こんなのはまだプロローグ、話すべき内容はあと50個くらいあるが」


「だ!か!ら!」


 男は更に語気を強める。


「お前の話をしろよお前の話を!お前はどこの誰なのか、俺が効きたいのは最初からそれだけなの!」


「おいおい、そんなのとっくにわかってんじゃないのか?」


 溜めて、溜めて、勿体付けて、オレは堂々と言い放った。


「オレは何回も生まれ変わってんのさ。時代も場所も、たまに世界もバラバラにな。だから、今のオレの話に辿り着くまではあと7時間くらいはかかるかなぁ……」


 丸眼鏡が落ちる音がした。男はあんぐりと口を開けて、信じられないモノを見る目でこちらを見ている。さて、次はいつの人生の話をしてやろうか

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