お題:【薬】をテーマにした作品

「さて」


 白衣の男は静かに言う。


「ここに用意したのはだ。君たちの科学的常識からすれば信じられないだろうが、これは本当に何にでも効く。風邪、肺炎、脳梗塞、癌、肉体の欠損、なんでもだ」


 私は今、どこにあるかもわからない地下室にいる。壁も床もコンクリート造りで、具体的には分からないがそこそこ広い。部屋の中にいるのは私を含めて5人、私を含めた4人が木製の簡素な椅子に座って白衣の男を囲んでいる。座っている4人の内訳は私、粗暴そうな男、金髪の女、黒髪の女だ。白衣の男の近くには小さな金属製の机、その上に赤い液体が入ったフラスコが置かれている。


「事前に告知した通り、これは治験だ。君達は全員自分自身か、或いは身近な誰かにこの万能薬を飲ませる目的でこの場にいる。この薬は全員に配布するからまずは安心してほしい」


 男は流暢に話すが、その言葉にはどこか昆虫のような不気味さがある。ハッキリ言って信用できない部類の人間だろう。だが、今は関係ない。


「しかしこの薬にはある問題点がある。を満たした時、この薬は毒に変わってしまうのだ。まずはその条件に付いて説明しよう」


 毒、という単語を聞いて黒髪の女が表情を強張らせる。危険性のある薬品であること自体は事前に告知されていたが、やはり実際に聞くと緊張するのだろうか。自分もどうやら人のことは言えないようで、手が少し震えていた。


「ある条件、と言うのは単純だ。薬も過ぎれば毒になるなんて言葉があるだろう?この薬は飲み過ぎれば毒になる。基準値を多少超えるくらいなら腹を下す程度で済むが、飲み過ぎれば死に至る。症状と体重によって基準値は変わるからあとで面談をした上で必要量を計算する。ここまでで質問は?」


 言い終わると男はくるりと回転しながら全員の顔を見る。籠の中の虫や、或いはモルモットを観察するような目つきで。事実、ここに集まった4人は男にとってのモルモットのようなものなのだろう。数秒の間をおいて、金髪の女が手を挙げる。


「あのさ、もし飲みすぎちゃったらホントに死んじゃうの?助かる方法とかは無いの?」

「良い質問だ。毒化しても即死するわけじゃない、半日くらいは生きてるがやがて眠るように死ぬ。万が一飲み過ぎたらそのまま吐き出すか、水を大量に飲むことだ。運が良ければ助かる」

「運が悪かったら……?」

「眠るように死ぬ、と言った」


 金髪の女はそのまま押し黙った。他の2人はずっと黙ったままだ。私も。


「質問は無いようだな、では万能薬……の、試作品を配る。君達にはしばらく歓談でもしていてくれ。ああそれと、ここに置いてある試薬にはくれぐれも手を出さないように」


 男はそのまま部屋を後にしたが、歓談などできる空気ではない。と、思っていたのは私だけだったのか、粗暴そうな男が話しかけてきた。


「なあ、あんた……この万能薬ってさ、本物だと思うか?」

「さぁ?治験するくらいなんだからそれっぽいものはできてるんじゃない?」

 

 それが気になるのならばさっきの男に聞いておけばよかっただろう、と言う意見は飲み込んだ。一応その程度の社会性が自分に残っていることに少し驚いてしまう。


「だよなぁ……あんたはこの薬、誰かに飲ませたいのか?」

「いや、自分で飲むつもりけど……どうしてそう思った?」

「なんつーか、薬が必要なほど不健康に見えなかったからさ」


 意外に観察力が鋭い。実際、あの男が言ったようなガンだとか欠損と言ったどうしようもない不調は持っていない。


「あんたこそ健康優良児に見えるけど?」

「ああ、オレはばーちゃんに飲ませるつもりなんだ。こないだ腰やっちゃったらしくてよー」


 見た目が粗暴そうなだけで意外といい奴なのだろうか?男はそれから暫く祖母との暮らしについて話しを続け、私は適当な相槌を続けていた。話の中身は半分も理解できなかった、というかする気が無かった。


 祖母の畑仕事を手伝った話が3回目に差し掛かろうというタイミングで、白衣の男が青い液体の入った小瓶をトレイに載せてやってきた。どうやらあれが私たちに配る万能薬らしい。


「お楽しみのところ失礼、試薬の用意ができた。順番にあちらの部屋に」

「その前に」


 話を遮って、私は口を開く。


「机の上の赤い薬は何?そっちの薬は青いけど」


 白衣の男はちらりとこちらに目を向けて、一瞬何か考えるように目を伏せてから再び口を開いた。


「赤い方は現液だ。これはもう本当に数ml飲むだけで死んでしまうほど強力でね、本当に死にそうな人間に対して僅かにだけ投与するものだ。治験に使う青い方は普通に飲めるよう薄めてあるのさ」


「それを聞いて安心したよ」


 机を蹴とばす勢いで立ち上がり、飛び跳ねるように駆けて赤い薬を手に取りそのままグイと飲み干した。


「……自殺志願者とは聞いていなかったのだが?」


 白衣の男は怪訝な目をこちらに向ける。ああそうだろう。私もまあ死にたくないわけではないが、好奇心が抑えられなかったのだ。


「ああ、ごめんごめん。ホントはスパッと死ぬ予定だったんだけど、話を聞いていたらどうしても試したくなっちゃったんだ。……その万能薬ってさ、このにも効くの?」


 白衣の男は、口が裂けるほどにやりと笑った。たぶん、今の私と同じように


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