電子的エスケイプゲーム
デジタルの地面を駆ける、翔ける、跳ねる、跳ぶ、飛ぶ。電子ネットワーク上に形成された広大な街を、白い
―――PON!
軽快な電子音。嫌な予感。目を向けることもなく慣れた手つきで音声データを再生する。
「あー、あー、聞こえる?エリー、聞こえる?ちょっち苦戦してんだけど手伝ってくんねー?セントラルタワーの辺り、追手はだいたい10人ちょい!」
幼さを残した女の声は言いたいことだけを言い切って音声が途切れる。録音した音声を一方的に送り付けられただけなので反論も何もできやしない。嫌な予感100%大当たり、ろくでもないことになる未来予測はできるのに、それでも無視した時の喧しさと僅かな好奇心が凌駕する。脚部は発条状に変形し、背中には子供が描いた天使のようなチープな翼が形成される。方向転換90度、電子の街のおおよそ中心に位置する摩天楼、セントラルタワーを目掛けエリーは一直線に飛び立った。
◇
「うわやっば!回避回避!」
慌ただしく声を上げながら、
「無理!無理!無理!エリー!早く助けてー!!!」
誰もいない場所に向けて声を上げる。助けを求める叫び声は秒を重ねる度に余裕を無くしていく。球体は器用にセキュリティの攻撃を避けながら逃げ回るが、それでも時折セキュリティの攻撃を受けている。それは薬莢と一体化した弾丸であり、吐き出された液体であり、白黒に光るレーザーであり、直撃こそしないものの掠る度に球体の軌道はブレる。光の弾丸を避ける。高速で飛来するおでんを避ける。コーヒーカップが当たり球体が地面を跳ねる。伸縮する手錠を避ける。蜘蛛糸が当たり、植木鉢が当たり、勢いよく球体がビルを跳ねる。
「無~~~~~~~理~~~~~~~!!!!」
ブーメランが、ライフル弾が、輝く弾丸が、球体を捉え
――――BLAM!BLAM!BLAM!
上空から放たれた3発の弾丸がその全てを撃ち落とし、次いで放たれた36発の弾丸がセキュリティを全滅させる。
「だから言ってるでしょ、テレジア。そのアバターは目立ちすぎるって」
白い
「えりーーーーーーー!!!信じてたよ!来てくれるって!」
「話はあと、それより早く行くよ」
エリーは踵を返してその場から飛び去り、テレジアもその後を追う。
「で、これからどこ行くの?いつものアジト?」
「いやー?先週ね、新しいアジト作ったの。ちょうどこの先にゲートあるから今から繋げるねー……っと!」
二人の前方、幅広いアーケードの向こう側に出現した虹色の渦を見つけると、エリーはちらりとテレジアに目線を送る。テレジアも恐らく目線を送っているのだろうが何せ光る球体だ、エリーにその確信は持てない。たぶん大丈夫だろうというあいまいな確証と幾らかの不安を抱えたまま、渦の中へと飛び込んだ。
◇
上下左右前後、視界の全てが真っ白な立方体の空間で、エリーとテレジアは仰向けに寝転がっていた。否、テレジアは相変わらずの輝く球体アバターなのでどういう大勢なのか不明だが、おそらく寝転がっているのだろうと思い込むことにした。
「いやー、ごーめんごめん、今日はソロでイケると思ったんだけどなー」
「……それはいいけどさ」
軽快な声で謝罪を告げる球体を横目に、恨めしさを滲ませながら問いかける。
「今度は何やらかしたの?」
「やらかしたとはひどいなー、アタシはいつだって正義のハッカーだよ?ゾルタン社の不正会計データとー、グリュートって資産家のインサイダー取引の証拠と―、あとはゲンドウ社の新型デバイス開発データ!あ、勿論最後のはアタシ個人のオフレコにするからね!」
倫理観があるのか無いのかわからない。いや、恐らく自分がマヒしただけであり、発言も行動も相当に倫理観が無いのだろう。呆れたような諦めたような、様々な感情をないまぜにした溜息を吐く。
「ごめんねー、もうやらないからさー」
「うーん……いや、やってもいいけどね?」
短い間を置いてから、球体を真っすぐに見つめてエリーは告げる。
「次からは、最初から私も誘って?そしたら楽にクリアさせるから」
提案から数秒後、球体はゴロゴロと転がり、跳ねて、勢いよくエリーに飛び付いた。
了
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