ハラスト

とまと

始まりの終わり

 コンコンっとドアをノックする音がする。


「入りたまえ」


 よわい五十を過ぎた阿部あべ社長が応答する。日本人離れした濃い顔の持ち主で、典型的なダメ社長。父が大きくした会社を二代目である社長が大きく傾けている、下に下に。


「失礼します」


 メガネをかけた二十代半ばのはらさとみは、美しいお辞儀を披露し入ってくる。


「原くん、朝から来てもらって悪いね」


 高級そうな椅子に腰掛け、これまた金にモノを言わせたデスクに両肘を突き語りかける。会社で最もやり手の原を呼び出した社長。


「悪いと思うなら呼び出さないで下さい。何度でも言いますがパワハラです」


 淡々と告げる原。


「クックック、パワーハラスメントか。最初に言われた時は夜も眠れなかったが、幾度と無く言われ続け免疫が出来た。今の私はパワハラ程度の発言で怯みはしない」


 勝ち誇ったように返す。


「左様ですか。それでご用件の方をお伺いしても宜しいですか?」


 タンタンと返す。


「うむ、当社の業績が落ち込んでいるのは知っているかな?」


「ええ、存じ上げております。阿部社長になってからですね」


「くははっ! その屈託の無い物言い、私は好きだよ!」


「セクハラですよ」


「セクシャルハラスメント! あの対価型セクハラと環境型セクハラがあるセクシャルハラスメントかね! 今私が言った好きでは当てはまらない気もするが、まぁ良いだろう二ポイントだ」


「はぁ〜」


 心で呟いたつもりの溜息が口からこぼれる。まあどっちでも良いけど、と考える原。


「珍しいな原君が溜息とは! 溜息を吐くと幸せが逃げてしまうぞ! 仕事は楽しんでやらないとなっ」


 良い事言ったぞとふんぞり返る社長。


「エンハラですね。油断大敵ですよ」


 ふんぞり返っていた椅子の背もたれの反発力を利用し、ガバッと立ち上がる。


「エンジョイハラスメント! くぅ、私とした事が楽しむ事を強要すると当てはまるエンジョイハラスメントを言ってしまうとは……」


 ノックアウトされ椅子にへたり込む、だがまだテンカウントされた訳では無い。再び闘志を燃やし立ち上がる男、阿部社長。


「原君、話を戻すが会社を立て直そうと私なりに考えてみた。世間では働き方改革が押し進められている、当社でも残業を取り止め、定時に上がれるようにしてはどうかね!」


「まず第一に遅い、働き方改革って今更感があります。次に会社を本気で立て直す気があるのなら何もしないで下さい、割と迷惑です。

最後にそれジタハラです」


「ふっふっふっ、ちょっと待ちなさい。気持ちの整理をつけたいのだ」


 矢継ぎ早に言われ泣きそうになる。コソッとデスクの下で、ジタハラを検索する。


「ああ知っているとも、時短ハラスメントね! 読んで字の如くじゃないか! 良かれと思って言ったのに、大ダメージだよ原君!」


 気付かれないようにそっと目尻の涙を拭き取る社長。ツカツカと近寄ってくる原に身体がビクッと反応してしまう。


「大丈夫ですか社長?」


 原君らしからぬ発言に、驚きの表情を浮かべる。デスクの上に置いてあったバカラの灰皿をスッと目の前に置いてくれる。


「あっ、ありがとう。そうだな少し落ち着こう」


 大して味の違いも分からないのに、雰囲気で吸っているキューバ産の葉巻に火をつける。


「いただきました。スモハラです」


たばかったな、お主っ!!?」


急いで葉巻の火を灰皿で消す。


「スモークハラスメントとは、無理に喫煙させたり受動喫煙させた時にもちいるハラスメントだが、君は今私に灰皿を寄越したではないかっ! これは無効だ!!」


「私は大丈夫ですか? とお声をかけ、灰皿を置いただけです。吸えとは一言も申しておりません」


「ぐぅ、屁理屈をこねおって……まあ良いだろうトータル五ポイントだ」


「それとお口がくさいです、スメハラですよ」


 実際臭った訳では無いが、近付いたついでに付け加える原。


「スメルハラスメント!! 香水とか柔軟剤で言われるなら受け入れるが、口臭体臭は結構くるなっ! 精神的ダメージが凄い!」


 勢いよくまくし立てるが、吐息はそっと原の右側へと向かって吐いた為、口の形が歪に曲がる。


「そんな事より阿部社長、わたくしの今日のスーツいかがですか? 新しく買ったのですが、少し派手ですかね?」


 フリフリと身体を左右に揺らし、見せる。


( 罠だ、絶対に罠だ。騙されんぞ……)


「出社する時は上からコートを羽織っていたので気にならなかったのですが、社内に着いてコートを脱いだら気になってしまって」


( スタイルの良い原君だ、完全に着こなしている。きっと自分でも分かっているはず……普段口数の少ない原君が、ガンガン喋っている時は何かを企てている時だ)


「……聞いてますか? 社長」


( 甘い、甘いぞ原君! 君が私をセクハラ発言に誘導している事はバレているのだよ! この質問の答えは無い、沈黙こそが正解なのだ!)


「はい、無視ですね。精神的に追い詰められましたー、モラハラ入りますー」


「そっち!? 無視と言っても時間にしたら幾許いくばくも経って無いと思うのだが、流石原君と褒めておこう! 見事三大ハラスメントコンボ達成だ。口惜しいがボーナスポイントでプラス三ポイント、合計九ポイントだ」


 今更説明するが、この原と社長とのハラスメント合戦は、テンポイント貯まると終わる。何故ポイント制になったのか、それは原からの提案だった。早く通常業務に戻りたい原と、テンポイント以上言われ続けると立ち直るのに時間の掛かる社長との利害が一致した為である。


「阿部社長あと一ポイントです、意味は分かっていますね。それにもう沈黙は使えません、残された道は私の質問に答えるしかありませんよ」



 阿呆あほな緊張感が漂う社長室。



「残り一ポイントの本当の意味が分かっていないのは、君の方だ原君」


 いつの間にか最初の体制に戻っている社長。顔から不敵な笑みが溢れている。


「何か策があるのですね?」


「あぁ、あるとも。君との勝負は幾重いくえにも重ねてきた、そして気付いたのだ」


「何に気付いたのですか?」


「残り一ポイントでは絶対に勝てないと」


「これ阿部社長の勝ちパターンってあったんですか?」


 んっ? と考え込む社長。まあ確かにと思うが気にしない。


「そんな事より今日のコーディネイト素晴らしいよ! つややかで色気が有り、それでいて嫌らしさを感じさせないスマートな仕上がり! A型らしい細部にまで行き届いた小物やアクセサリー、実に良いバランス! だがね、その人を寄せ付けない態度はどうかと思うよ〜、そんなんだから特定の相手も出来ない。ましてや結婚出産何て夢のまた夢! ぐわっはっはっは! 君はあれかね? 世間一般で言う同性愛者かね?? んっ? どうなんだ原君! 私が人生の何たるかを教えてあげるから、今夜一杯どうかね! まあ、お願いされても行かないけどねーーーーーーーー!!」


 目をカッと見開き、これでもかと捲し立てる。


「はいはい、セクハラ・ブラハラ・パーハラに子なしハラスメント及びシングルハラスメント、マリハラ・ラブハラも追加ですね。ソジハラ何て本当に良くないですよ、それとアルハラ言ってましたが社長の余命が明日でも行きませんし、誘いません呑みません。正直この遣り取りもコミュハラに値しますね、これで追加十ポイント現在十九ポイントです」


 怒るでも無く悲しむでも無く、憐れむような視線を向けてくる。


「こんなに言ったのに怒っていないのかね!? 泣いて部屋から飛び出すと思ったのだが……君本当に女かね?」


「はーい、ジェンハラで二十ポイント達成ですね。わーいわーい」


 ツカツカと社長に詰め寄る原。そのままの勢いで阿部社長の鼻っ柱をへし折る。言い回しでは無く、事実鼻の骨をグーパンでへし折った。


「ちょちょちょちょっと!!!」


 鼻血が服に落ちないようにハンカチで抑える。ボロボロと涙を流しながら。


「さぁ、今日も仕事頑張ってきます。では失礼します社長」


( ああスッキリした。今日も大口の案件がとれそうだわ)


 身体を弾ませ、スキップしながら退出する原。


「原君っ! これはアレだよ!! えっーとパワハラ? 何か違うような気がする……モラハラもシックリこない……」


 部屋から出る原の背中に投げかけるが、返事は無い。一人鼻にティッシュを詰めながら考える。


「あっ、これ傷害罪だ……」


( 原君、今日も契約取ってくるんだぞ。頑張れ原、負けるな原!)



ハラスメントストーリー 

    

       ➖ 完 ➖



皆様も、ハラスメントに気を付けましょう! でもあんまり言い過ぎるとハラハラ( ハラスメント・ハラスメント)で訴えられちゃうぞ☆
















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ハラスト とまと @tomatomone

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