第二十一話 高校三年順子、潜入
紗栄子と順子は紗栄子のバイクで来ていた。場所を知っているのは順子なので運転は順子に任せた。順子の借りているマンションは、荒川と隅田川にはさまれた荒川の河川敷側にあった。順子は、墨堤通りを走った。区立千寿小学校前を通り、墨堤通りと日光街道が交差する千住営元町の交差点で、右折して日光街道を走った。日光街道が京成本線の下を通過する手前で右に折れ、京成本線千住大橋駅のガード下を通って右折。ポンタポルテ千住の横を通って、隅田川沿いに出た。廃工場は隅田川沿いにあった。3,000平米ほどの工場と工場の横の放置されたグラウンドがあった。
こりゃあ、わからねえところにありやがる。しかも、住宅街からは少々離れていて、夜になれば人通りもない。ここなら、女の子を拉致ったり、クスリやらして康夫のグループの男に輪姦させても、周りに知られることもない。やつら考えやがったな、と紗栄子は思った。
順子は工場までいかず、工場から200メートル手前の真っ暗な隣接する保育園との路地にバイクを乗り捨てた。「もしかすると、康夫のグループの男が巡回してるかもしれないからね。バイクはここに置いておくよ。おまえの重そうなカメラバッグも茂みに隠しておけよ。邪魔だ」「高けぇんだぜ、これ」「邪魔だ、おいておきな」紗栄子はブツブツいいながら、茂みにバッグを隠した。
「順子ネエさん、何人いると思う?」
「わかんねえ。康夫だろ、浩二もいるかもしれないな?」
「あの子牛みたいなやつか?」
「ああ。プロレスのビッグバンベイダーみたいなあいつだよ」
「そりゃあ、怖えなあ」
「それと、浩二の下のヤンキーが二、三人。もしかしたら、恭子たちも呼んだかもな」
「それが正しけりゃあ、八人じゃないか?」
「そうだな、紗栄子。ビビったか?」
「いや、勝ち目があるとは思えねえ。ちょっと連絡をして・・・あ!iPhoneの電池切れてやがる!チクショー。いざってときにアップルの野郎が!」
「紗栄子、私のスマホを使いな。確かに、ヤバいかもな」
「私の居場所はわかると思うよ。ネエさんたちが気づけばな。GPSトラッカーで追跡できるんだ」
「え?GPSトラッカーってなんだ?」
「SIM内蔵で、3G通信を使って、位置情報を追跡できるブツがあるのさ。ほら」と紗栄子は順子にネックレスにぶら下がったミニモノリスを見せる。催涙スプレーもぶら下がっている。
「ふ~ん、面白いものを持っているじゃねえか?」
「美久ネエさんの彼氏の妹のアイデアさ。面白い子なんだよ。同い年でね」
「ああ、北千住で時々みかけたよ。美久と彼氏ともう一人女がぶら下がっていたが、そいつか?」
「そうそう、妹って言っても義理の妹だけどな」
「ふ~ん、まあ、いいや、ほら、スマホ」と順子は紗栄子にスマホを渡した。
「順子ネエさん、もう美久ネエさんに内緒にできないや。それに、八人じゃあ、あんたと美久ネエさんの化け物コンビじゃないと勝てないよ」
「化け物?」
「二人になると、化け物みたいに強かったじゃないか?」
「化け物ねえ。さっきは『キレイ』って紗栄子言ってたな?」
「あんたらは、キレイな、超カワイコチャンの化け物だよ」
「まあ、いいや。早く美久に電話しな」
紗栄子は美久の番号をプッシュした。「もしもし、田中ですが?どちら様でしょうか?」と非通知の電話番号に訝しげに美久が答える。
「美久ネエさん、紗栄子です。手短に。これは順子ネエさんのスマホからかけてます。私のが電池切れやがって、借りたんです。智子が拉致られて。今、順子ネエさんと隅田川沿いの廃工場にいます。康夫や三人組や浩二たちがいるかもしれない。ちょっと、ヤバいんで。智子の話はすまねえ、ネエさんに内緒にしていたんで。詳しい話は節子に聞いて下さい」
「おっと、紗栄子、巡回してるぜ。懐中電灯の明かりが見えたよ。スマホのモニターの明かりでバレちまう。電話切れ」
「ネエさん、すまない。バレちまうんで切ります。トラッカーで位置追ってください」と紗栄子は通話を切った。
二人は廃工場の手前のグラウンド横の歩道を忍び歩いた。グラウンドのほうが工場よりも大きい。工場は真っ暗だ。
ヒソヒソ声で紗栄子が順子に聞いた。「順子ネエさん、真っ暗じゃないか?あいつら本当にいるのか?」
「工場のメインのナトリウム灯なんかつけたら、明かりが漏れてバレルじゃないか。工場の中に、簡易パーテーションで間仕切った10メートル✕5メートルくらいの空っぽの事務所があるんだよ。それも窓は目張りしてあるんだ。外には明かりは漏れない。紗栄子、夜目になれておくんだよ」
グラウンドの横を過ぎて、工場の端に着いた。工場は、横100メートルくらい、縦30メートルくらいの細長い建物だ。「紗栄子、ヤツラがいる事務所は、この反対端にある。ああ、工場の犬走りを見な。康夫の使っているバンが駐車してある。バイクが三台。ありゃあ、恭子たちのだな。やっぱり八人くらいいそうだぜ」
「順子ネエさん、美久ネエさんたちを待つかい?」
「う~ん、考えさせておくれ。私がクスリの量をコントロールして、相手がバックレたなら、そういうことがあったけどな、中毒はあまり進んじゃいないんで、セックス動画で口封じできたよ。聞く耳を持っているから。だけど、紗栄子の動画のようなポンプでクスリやらされてるんだったら、聞く耳なんかもたないな。禁断でてるかもしれないし。そうしたら、康夫たち、何するかわかんない。バラすかもしんないな」
「バラすって?」
「殺しちまうかもしんないぜ。私の聞いた話じゃあ、半グレとか暴力団が、ポンプ数本打って、クスリの過剰摂取をよそおってバラしちゃうこともあるってこった」
「じゃあ、順子ネエさん、どうするのさ?」
「とにかく、工場の中に入って、事務所の側まで忍び寄って、聞き耳たてようじゃないか?紗栄子、おまえはここに残れ。残って、美久たちを待つんだ」
「あんた一人、ほっておけないよ。私もあんたと一緒に行くよ」
「ふん、私の三人に比べて、おまえ、いいやつだな?」
「うっせいや。行こうぜ。先導してくれ」
二人は工場の別の端にたどりついた。工場の横スライドする正門は開いていた。車を引き入れるので開いたな、と紗栄子は思った。真っ暗な中、工場周りの周回道路に沿って歩いて、工場の鉄扉を開く。順子が見をかがめて、工場の内壁伝いに沿って進んだ。順子の言う工場内のパーテーションで仕切られた事務所からかすかに、明かりが漏れていた。二人は事務所のパーテーションの壁に張り付く。中から声が漏れている。女が二人叫んでいる声がした。
「康夫、智子とこの女子大生をどうするつもり?」と恭子の声が聞こえた。
「ラリっていて、こいつらのセックス動画で脅しても聞きやしない。理性、飛んでるぜ。クスリが聞きすぎたな。さあって、どうするか?ポンプをもう何本か打って、過剰摂取にして、東京湾に沈めっちまおうか?」と康夫が言う。
「康夫、やばいじゃん、それ?」と敏子と恵美子の声がした。
「ヤバかねえよ。バレなきゃいいんだ。とにかく、この二人、うるせえからもう何本か打つか」と康夫が言うのが聞こえる。やがて静かになった。智子と恭子の言う女子大生がクスリを打たれたようだ。
「最近、こいつらに女をあてがってなかったからな。ちょっとやらせるか」と康夫が言う。「恭子、敏子、恵美子、おまえらも見てろよ。面白いぜ。浩二は徹底的にやるからよぉ。おれらも見物といこうぜ。おまえらも興奮するだろう」と康夫が言った。
(順子ネエさん、どうするよ?)
(ヤバいな、紗栄子。智子だけじゃなく、女子大生ってのも増えちまったぜ)
(ラリっているのを二人も助け出すのはむずかしいよ)
(う~ん、まだ援軍もこねえからなあ・・・困ったなあ・・・あ!そうだ。紗栄子、おまえ、工場の外に出ろ。それで、「お巡りさ~ん、こっちです」って叫べ。それで工場から離れて美久たちを待て。中のやつもビビるだろう。その間に、私が中に入ってなんとかしてみる。一か八かだ。まだだぞ。浩二や男たちがズボンを下ろして身動きできないようになるまで待とう。ちょっと覗いて見るか?)
順子は事務所の窓の目張りの隙間からそっと覗いた。あまり見えなかったが、事務所の向こう側で浩二の巨体が見えた。下半身は丸裸だ。
「よし、紗栄子、行け」と紗栄子の肩をおした。紗栄子は来た通路を逆に背をかかめながら歩いた。工場の鉄扉を開こうとした。だが、鉄扉は向こうから押された。紗栄子は鉄扉にぶち当たった。(しまった、巡回しているやつを忘れてた)鉄扉に額がぶつかってうしろざまに倒れてしまう。巡回していたヤンキーは人がいるのでギョッとしたが、倒れている紗栄子に懐中電灯をあてた。紗栄子の脇腹を蹴る。紗栄子は腹を押さえて転がった。ヤンキーは紗栄子を引きずって事務所に入った。
チクショー、巡回しているヤツを忘れていたぜ、と順子は唇を噛んだ。
康夫は、手下が突然紗栄子を引きずって入ってきたので驚いた。「コイツが工場から出ようとしたのを捕まえたんです」とヤンキーが言う。「驚かすなよ。なんだ、紗栄子じゃないか?どうやってここへ?」と康夫が紗栄子の顎をつかんで聞いた。「ケッ、後をつけたんだよ。その内、美久ネエさんたちもやってくらあ」と紗栄子は答える。
「ふ~ん、そうか。まあ、いいや。おい、恭子、敏子、恵美子、紗栄子を半殺しにしちまえ。まったく計算狂うなあ。浩二、おまえら、お楽しみはおしまいだ。ズボンをはけ」
恭子、敏子と恵美子が紗栄子の腹や背中を蹴りつける。そこに順子が飛び込んできた。何も言わずに恭子の背中を蹴りつけた。ターンして事務所の反対側にいる浩二たちの方に向かう。順子は浩二の股間を蹴り上げる。他のヤンキー二人もズボンを上げている最中なので股間を蹴り上げるのは楽だ。巡回していたヤツに延髄蹴りを食らわす。あっという間に五人。
また、クルリと振り向いて、敏子と恵美子にも蹴りを入れた。「ケッ、この人殺しめ!紗栄子をやりやがって、智子とこの女子大生も殺そうとしたのか?康夫、覚悟しな」と康夫の顔に正拳をぶちこんだ。八人。ちょろいぜ。と順子が思ったが、浩二が後ろから忍び寄って彼女をスリーパーで動きを止めるのに気が付かなかった。宙吊りになって脚をバタバタさせる順子。
「クッソォ~、順子まで。美久にも知らせたって紗栄子が言ったな?マッポも来るな。仕方ねえ、撤収しよう。おい、みんなずらかるぞ。智子と女子大生と紗栄子はおいておこう。順子は喋られるとマズイ。浩二、順子は連れて行くぞ」
八人は工場の鉄扉から逃げようとしたが、鉄扉が開いて外の明かりが漏れるのが見えた。(いけねえ、道路側は誰かが来てる。美久か?)と康夫はとっさに考えて、おいグラウンドの方に逃げるぞ、と手下に怒鳴った。一同、グラウンド側の鉄扉を通って、外に出る。外に出たところで、浩二は順子を引きずっているので、腕が緩んだ。順子は浩二の腹を蹴って、身を捩って浩二から離れた。
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