第六話 美久さん、焦る

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第一話 美久さん、出現、引っ越しの日曜日の前の週の月曜の午後

第二話 美久さん、叱る、引っ越しの日曜日の前の週の月曜の夜

第三話 楓ちゃん、なじる、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の早朝

第四話 美久さん、泣く、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の午後

第五話 美久さん、蹴る、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の夜

第六話 美久さん、焦る、引っ越し数週間後のある土曜日の午後

第七話 美久さん、起きる、引っ越し数週間後のある日曜日

第八話 武くん、呟く、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の夜

第九話 楓ちゃん、話す、引っ越しの一年前

第十話 楓ちゃん、問う、引っ越しの日曜日の前日の土曜日

第十一話 美久さん、告る、引っ越しの日曜日

第十二話 楓ちゃん、認める、そして順子、引っ越しの日曜日

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 土曜日の午後、大学の講義がなく、ぼくは北千住を散歩していた。美久は用事があって夕方になるまで帰ってこない。街をブラブラして、古びた看板のお店があるとスマホで撮影していた。狭い道をあちこち歩いていると、美久の後輩三人組が向こうから歩いてきた。ぼくを見かけて三人組、駆け寄ってきた。


「あに・・。いや、兵藤さん、こんちわっす」

「節子、紗栄子に佳子、こんにちは」

「あれ?あねさんは?」

「今日は用事があって夕方頃に戻ってくるって言ってたよ」

「それで、兵藤さん、プラプラしてるんすね?」

「うん、街を見て歩いて見たくなってさ」

「そぉっすか」

「キミらは何してるんだい?」

「わたいらもすること無くてブラブラしてます」

「ふ~ん、そうか。じゃあ、やることない同士でお茶でもするか?」とぼくが言うと、三人組の中では頭の節子が「お~、いいっすね」と答えた。

「どこがいい?キミらの方が知っているでしょ?」

「じゃあ、コメダ珈琲でどうっす?広いっす。ソファーもある」

「あ、そこ行こう」


 というわけで、本町センター通りのぶっくらんどの二階にあるコメダ珈琲に行くことにした。


「みんな、なんでもいいよぉ~。バイト代も入ったし、おごるよ」

「ゴチになりま~す」と三人組が声を揃えた。彼女らはメニューを見てワイワイと、純栗ぃむがうまいぞとか、とびきりアーモンドにしようとか、シロノワールくまもとモンブランが最高とか言って注文。ぼくもアイスコーヒーを頼んだ。

「しっかし、兵頭さん、どうです?あねさんとは?」と節子。

「うまくいっているよ」

「あの、どこまでいきました?」と節子はズバッと聞いてくる。

「どこまでって、ああ、ええっと、ハグしてキスした」

「なぁ~んだ。そんだけ?それなら、いつも見せつけられてるあれ、どうにかならないっすか?こそばゆくて」

「あれはしょうがない。美久が潤んだ目で見つめるんだから」

「アメリカ人じゃああるまいし、ひと目を気にせず、すごいっす。それで経験なしなんだから」

「そう言っただろう、ぼくらは童貞と処女のコンビなんだよ」


「しないんですか?・・・セックス?」

「する時は結婚する時かなぁ~」

「もったいない」

「そんなこというキミたちは経験あるの?」

「わたしは中学の時に捨てちゃいました。じゃまだから。紗栄子は高1で輪姦された後、何人かと。佳子はついこの前かな?」

「へぇ~、みんなしてるんだ」紗栄子ちゃん、輪姦されたのに大丈夫なのかな?って、(輪姦された)なんて、北千住に慣れてきたのか?ぼくは?

「してないのはあねさんくらいのもんですよ。生真面目っていうか、純情一途というか、兵藤さんがいなかったら未だにチューもしてませんよ」

「生真面目だもんなあ、美久は」


「兵藤さん、この前、わたしらが拉致られた時、あねさん、踵落とししたでしょう?」

「うん、見事な踵落としだった」

「あれ、絶対、相手はあねさんのパンツ見ましたよね?」

「アハハ、そりゃあ、180度開脚してドンだから、丸見えだったろうね」

「でもなあ、あねさん、パンツ、地味だからなあ」

「ぼくは美久のパンツを見たことないよ。知らないよ」

「兵藤さん、色っぽい下着買ってやりなよ」

「そ、それは女性に下着を買うってことは意味合いがあるでしょ?マズイよ」

「そうかなあ、下着くらいいいじゃん?」


「あの、そう言えば、節子、キミのパンツも見えてるんだけど、隠してくれない」

「見ていいっすよ。減るもんじゃなし。ちゃんと今日もシャワー浴びてはき替えてきましたから。きれいなもんですよ」

「いや、刺激が強い。美久に怒られます」

「あねさんもそういうとこ、融通がきかないからなあ。兵藤さんも律儀ですねえ。だまって見てればいいのに」

「いや、節子もそう安易にパンツ見せちゃダメだよ」

「変なの。減らないのにねー?」と節子が紗栄子と佳子に同意を求める。ふたりともウンウンとうなずく。北千住って、高校生がパンツ見せてもいい土地柄なのか?


「兵藤さん、面白いことないっすか?」

「面白いことねえ・・・えーっと、あ!思いついた!」とぼくは節子の顔をのぞき込んだ。

「なんです?」

「紗栄子、佳子、節子はキレイだよな?マスクとったらよくわかった。美人だよね」

「ええ、かなり美人だと思うっす」と二人が同意する。

「そうだよな。紗栄子、佳子、この近所に美容院ある?」

「ありますけど・・・」と佳子が答えた。


「美容院に行って、節子の髪を黒に染めて美久みたいなお嬢様風髪型にして、化粧も変えて、ファッションも美久みたいなのを買うんだ」

「うんうん」と二人がうなずき、「何がうんうんだ、おまえら!」と節子が彼女らを睨んだ。


「それでね、これから美久が帰ってくるだろう?紗栄子と佳子がそれを見張って、ぼくに知らせる。ぼくは駅で待ち伏せして、節子と腕くんで、美久に気付かないふりしてベタベタする。美久がどういう反応をするのか?どう?」

「そりゃあ、あねさん、怒りますよ。怒って帰っちゃうんじゃない?」と紗栄子。

「悲しむと思うなあ」と佳子。

「怒って、私につきかかってくるとか?兵藤さん、殴っちゃうとか?・・・って、そんなこと、私はやらない!」

「やってみようか?」節子を無視して紗栄子と佳子に言うと「止めてくださいよぉ」と節子がテーブルを叩く。


 さらに節子を無視して「紗栄子、佳子、どうだ?」と二人に聞くと「やりましょう!」とかなり乗り気だ。「おまえら、人のことだと思いやがって!」と節子がイヤイヤをする。イヤだと言っているが、それほどでもないんだろうか?「大丈夫、ぼくがみんな払うから」


 ワイワイいって、強引に三人で節子を美容室に連れて行った。髪の毛を染めて、おとなしめのふんわりカールにした。あれ?結構いい線行っているな?節子に見えない。別人みたいだ。

洋品店に行って、フレンチカジュアル風の服装にしてみた。赤のタートルニット、膝上の黒のフレアスカート、太めのベルトに、黒タイツ。もともと制服のローファーをはいていたので靴はそのまま。化粧も眉を濃くして、付けまつ毛なし、ファンデは使わずパウダーで整え、ピンクのリップグロス。化粧品店でやってもらう。


「ええ!節子、ウソぉ~」と紗栄子と佳子。

「なんだよ、ふたりとも!」

「節子、ミラー、見てみなよ」

「ええ?どれどれ?・・・え?これ、わたし?」

「節子、あねさんと違って元がケバかったら、化け方もハンパないや」と紗栄子が言う。

「う~ん、すごいな。ここまで変わるんだ」

「兵藤さん、これ絶対、あねさんにもわからないですよ。だれもギャル系ヤンキーだなんて思わない!」

「よおし、じゃあさ、駅前の喫茶店でぼくと節子が待機して、スマホを通話にしておいて、二人は改札口で見張っていて、美久が出てきたら、ぼくと節子が美久の前をこれみよがしに歩いて美久に気付かせる。それで、ウロウロして、最後に分銅屋に行く、ってどうだ?」

「それ、ウケるかも」と佳子。「死ぬわ、ウケすぎ」と紗栄子。

「でも、あねさん、怒るか、泣くか、帰っちゃうか、つきかかってくるか、どれだろ?」もう覚悟を決めた節子が言う。

「私は怒る、だな」と佳子。「泣いて帰る、です」と紗栄子。「ぼくはぼくに怒ってぶん殴られる、だ」「じゃあ、わたしは怒って私につきかかかる、これに千円!」と節子。

「美久の反応を見てみよう。ワイヤレスヘッドフォンをぼくと節子で左右共有して、節子に腕組みしてもらってベタベタしてみよう」とぼくらは駅前へ。


 美久が改札口を出てくる。紗栄子と佳子が「改札、出ました!」と報告してきた。ぼくと節子は、改札口の対面の歩道を素知らぬ顔で歩きすぎる。節子は、打合せ通りに腕を組んで体を密着させてきた。化けた節子はかなり色っぽい。美少女タイプのミクトは違う。大人の美人だ。いつもこうだと、節子もモテるのになあ、とぼくは思った。


「兵藤さん、あねさん、気づきました。眉間にしわよせています」と紗栄子。「怖いね」とぼく。「そのまま歩いていってください。わたしらはあねさんの後ろにつきます」と紗栄子が言う。

 ぼくと節子はブラブラした。「兵藤さん、あねさん、忍者みたいに電柱に隠れながら後をつけてますよ」と佳子からの声がスマホに接続したワイヤレスから聞こえた。もう片方を耳にしている節子にも聞こえている。

「ひっかかったみだいだね」

「兵藤さん、わたし、あとで折檻されるんじゃない?」

「ぼくの発案だといいわけするから」


 しばらくブラブラして、鬼ごっこをした。美久は電柱に隠れながら後をつけていると二人から報告があった。「兵藤さん、爪を激しく噛みながら、あとをつけてますよ。かなりこわいかもしんない」と佳子。

しばらくして、分銅屋が見えてきた。二人からは「兵藤さん、あねさん、なんで分銅屋の方に行くんだと首を傾げてます」と紗栄子。「そりゃあ、そうだろう」


 分銅屋の暖簾をくぐって店に入った。「いらっしゃいませ」と女将さんがいう。腕を組んでベタベタしているぼくと節子を女将さんは見た。「兵藤さん、あの、その女性は・・・」


「女将さん、シー。この女の子、だれだかわからないですか?」

「え?だ、だれ?」

「節子です」

「ええぇ!」

「今ね、美久をひっかけようとしているんです。美久はぼくたちの後をつけて店先にいます。その後を紗栄子と佳子がつけていて報告している、ってわけです」


 ぼくと節子はカウンターに座った。紗栄子と佳子が「あ!あねさん、店に入るっす」と報告してきた。「美久が店に入ったら、ちょっと間をおいてきみらも入って」と指示する。


 乱暴に引き戸が開いた。「こんばんは」と大きな声で言って、美久がカウンターに座っているぼくと節子を睨む。「タケシさん!その女、だれだっての?腕なんか組みやがって、なんなの!おまえはだれだ?このクソアマ!」と怒鳴って節子に手をかけようとする。お嬢様スタイルなにの、口調はヤンキーに戻っている。その後を紗栄子と佳子が入ってきた。

「あねさん、こんばんは」と紗栄子と佳子が言う。


 美久はわけがわからない顔で、ぼく、節子、紗栄子と佳子を見る。


「ネエさん、ネエさん、わたしですよ、節子ですよ」

「ええぇ?」と美久がのけぞった。

「ゴメンナサイ、美久をからかったんだよ」とぼく。

「あ、あんたらねえ・・・」美久はぼくらをすごい顔で睨んだ。

「ほら、やっぱり怒ってわたしに突っかかろうとした。紗栄子、佳子、兵藤さん、千円ずつね」と節子。

「あんたらなあ、タケシ!許さない!節子!折檻じゃ!」


 ぼくはカウンターから立ち上がって、美久の頭を抱いた。「ごめんね、ごめんなさい」とヨシヨシをする。「バカヤロウ、タケシ!なに考えているんだ!」とイヤイヤをした。それで、ぼくは美久の頬をはさんでキスした。「あ!」真っ赤になる美久。でも、抱きついてくる。これでヒステリーが治るのが最近わかったのだ。チュ~されると、ボォ~っとなって、わけがわからなくなると言っていた。


 女将さんがマジマジと節子を見た。「しかし、わからないわ。美久ちゃんのイメチェンとレベルが違う。眉なし付けまつ毛のケバいのがこうも変わるんだ。どう見てもお嬢だわ」


「美久二号でぇ~っす」と節子が言うと、ぼくに抱かれていた美久が手を伸ばして節子の頭をボカリと殴った。「節子、おまえ、折檻一号だからな?」


 女将さんが頭をふりふり「まったく、この二人、最近所構わずハグしてチュ~するんだから。頭がおかしくなっちゃったのかしらね?でも、節子ちゃん、その格好似合っているわよ」「え?ほんとですか?」「ヤンキーだとダメだけど、その格好なら、このお店手伝ってもらおうかしら?バイトで」「え?や、やります!やらせてください!」と節子が言った。


 紗栄子と佳子が顔を見合わせて「あ!ズッりー!兵藤さん、わたしたちにも洋服買ってください!」と声を合わせた。


 そこに南禅さんと羽生さんが店に入ってきた。「お!なんだ?新しい女の子?」と羽生さんが女将さんに聞くと「羽生さん、節子ちゃんですよ」と答えた。「なんだ?北千住はコスプレが流行っているのか?まるで、美久二号じゃねえか?それで、最近は居酒屋でラブシーンのライブをやっているのか?兵藤くんと美久ちゃんは?」と言った。


 美久がぼくを振りほどいて「てめえら、みんな、ぶち殺す!」と叫ぶ。やれやれ、怒ると地が出るんだ、美久は。 

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