第七話 美久さん、起きる
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第一話 美久さん、出現、引っ越しの日曜日の前の週の月曜の午後
第二話 美久さん、叱る、引っ越しの日曜日の前の週の月曜の夜
第三話 楓ちゃん、なじる、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の早朝
第四話 美久さん、泣く、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の午後
第五話 美久さん、蹴る、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の夜
第六話 美久さん、焦る、引っ越し数週間後のある土曜日の午後
第七話 美久さん、起きる、引っ越し数週間後のある日曜日
第八話 武くん、呟く、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の夜
第九話 楓ちゃん、話す、引っ越しの一年前
第十話 楓ちゃん、問う、引っ越しの日曜日の前日の土曜日
第十一話 美久さん、告る、引っ越しの日曜日
第十二話 楓ちゃん、認める、そして順子、引っ越しの日曜日
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翌日の日曜日、不公平がないようにと、紗栄子と佳子にも服を買った、買わされた。三人組がみんなフレンチカジュアルっぽくなってしまった。いいのかなあ、こういうのは?ヤンキー商売(?)は大丈夫なんだろうか?
「てめえら、タケシさんのせっかくのバイト代を使わせやがって」と美久が怒るが、「まあまあ、ぼくがいい出したことだし、節子だけだと不公平でしょ?」と納得させた。美久はまだプリプリしている。
「兵藤さん、ついでに、昨日話していた、あれも買っちゃえば?」と節子がニヤニヤして言う。「あれ?あれって?」「ネエさんのあれ」「え?そ、それは・・・」
「なによ?二人で内緒話して!」と美久がプンプンしてぼくと節子にたずねた。「いや、昨日、サテンで兵藤さんに『ネエさんのパンツ、地味だから、色っぽい下着買ってやればいいじゃないすか?』って話したんですよ」と節子が答えると、「このバカヤロ!なんという話をするんだ!」と美久が節子の頭にゲンコを食らわせた。「痛ってぇ~。だって、ホントのことじゃん?今どき白かブルーのコットンの苺のパンツはいているのはネエさんくらいのものですよ!」と節子が言うと、美久が「この野郎!タケシさんの前でそんなことをいいやがって!」とボカスカ節子の頭を殴った。
(白かブルーのコットンの苺のパンツ)
・・・想像してしまった。う~ん、大学一年生の女の子が、さすがに「白かブルーのコットンの苺のパンツ」じゃあ、ちょっとまずいよなあと思った。って、なにがマズイのだろうか?
「わかった。美久、銀座に行こう」とぼくが言うと「なにしに銀座に行くの?」と聞くので、恥ずかしかったが「『白かブルーのコットンの苺のパンツ』の代わりに、大学一年生の女の子が着るような下着を買いに行きましょう」と言った。
美久は真っ赤になって「節子、余計なことばっかいいやがって。あとで、折檻だからな!」と怒った、ぼくは、「じゃあ、ゴメン、ぼくたちは銀座に買い物に行くから、ここでバイバイだ」と三人組に手を振った。「ネエさん、兵藤さん、楽しんでください」と三人組はお辞儀した。
美久の手を引っ張って、北千住駅に行く。千代田線で日比谷まで行って日比谷線に乗り換えて銀座まで。地下鉄の中で、ドアの脇に二人で立っていたが、美久は「タケシさん、わたし、男の人とそんなもの買いに行ったことないよ」とブチブチと小声で言っている。
「ぼくは、妹に付き合わされて何度か行ったよ。ピーチ・ジョンとBRADELISに行こう。そこで妹が買ったんだ。BRADELISは、ブラのフィッターさんがいて、自分にあったブラジャーを選んでくれて正しくつけてくれるんだ。胸の形が綺麗に出るって評判だってさ」「タケシさん、カ、カエデちゃんとそんな店に行ったの?」「うん、強引に連行された」「そんな!カエデちゃん、義理の兄と下着屋に?」「昭和の時代じゃないんだから、男性でもランジェリーショップにつきあわされることはあるさ」「ほんとうかなあ」と疑わしそうにぼくを見上げて言うので、「べつに、ランジェリーショップは男の子厳禁とは書いてないよ。女性に拉致された男性は結構います」と言った。また、真っ赤になって、ぼくの服の袖を引っ張っている。
まず、BRADELISに行った。下着をつけたマネキンを見て、美久が「わたし、いいです」と逃げようとするので、襟をつかんでお店に入った。店員さんをつかまえて、「ブラとパンティーを彼女に買いたいんですけど・・・」と言った。「はい、いらっしゃいませ。あれ?あなたはこの前の学生さん?」と聞かれた。ああ、この前カエデと来たときもこの人だった。「はい、この前は妹、今日は彼女です」と答えると、美久が真っ赤になってモジモジしている。「ぼくと同じ大学の一年生です。慣れていないので、いろいろと見せてやってください。美久、店員さんに遠慮なく聞いて、じっくり選ぶんだよ。適当にしちゃあ、ダメだよ。特に、ブラはフィット感が大事で、合わないと胸に悪いらしい。遠慮しないでたくさん試着してね」とちょっと意地悪く言って、美久を店員さんに渡した。「そうなんですよ。この前お話ししたことよく覚えておいでです。さあ、彼女さん、行きましょう」美久は恨めしそうにぼくを見つめたが、店員さんは美久を拉致して、奥の方であれこれ見せ始めた。
う~ん、ヤンキーの元総長をイジめるというのは、めったにない経験だ。実に楽しい。ぼくが店の前で突っ立っていると、LINEが来た。「タケシさん、胸とお尻はかられて、いっぱい渡された。どうするの?」と聞いてきたので、「ちょっと待ってね」と店内に入って、試着室の脇に立っている店員さんに「すみません。彼女、たぶんブラのフィット感がわからないと思うので手伝ってやってくれませんか?」と言った。店員さんは、「わかりました」と言って、ニヤッと笑って(わからない、そういう女性客もいるのだそうだ。そう妹が言っていた)「彼女さん、入っていいですか?」とノックして試着室に入ってしまった。また店先に戻って待っているぼく。
(そうそう、美久、店員さんに胸を触られて、ブラにバストを押し込まれたりして、恥ずかしがるかなあ)
想像したら楽しくなってしまった。
また、LINEが来た。「タケシさん、選んだ。だけど高いよ」とあるので、「美久が気に入ればいいんだ。服着たの?」「着た。ちょっと来て」とあった。試着室に行くと試着室のドアをちょっと開けて美久がおいでおいでをする。真っ赤になっている。
「これ、タケシさん、好き?店員さんに勧められた」と見せる。スカイブルーの基調の花柄で縁が濃いブルーのアクセントが入ったブラと、おそろいの柄のパンティーだ。「いいんじゃない?美久はそれが好きなの?ぼくは気に入ったよ」というと、じゃあ、これは?とエメラルドグリーンの似たような下着も見せる。「それもいい。両方買っちゃおう」「高いよ」「気にしない、気にしない」
美久は、高い、高いとブツブツ言うが、店員さんに「決まりました。これでいいです」と言った。それで、「もういい、もう充分です」という美久を引っ張って、もう一軒のピーチ・ジョンに行ってまた同じ騒ぎを繰り返した。上下四セット買った。
北千住に戻って駅の改札口を通ると、駅前にヤンキー三人組からフレンチカジュアル三人組に変身した節子、紗栄子、佳子がいた。「キミたちは駅前に住んでいるのか?」とぼくが聞くと、「だって、イメチェンしたから、外にいたいんです」と節子が言う。
目ざとく、紗栄子が美久の持っている袋を見た。「あ!あねさん!ピーチ・ジョンとブラデリスに行ったんですね?何を買いました?見せて、見せて」と美久に言うが、美久は、「イヤです、ダメ!絶対に見せません!」と言う。「こら、紗栄子、ネエさんは兵藤さんにまず着てみせるんだ!よけいなことを言うな!」と節子が言うと、「節子!また、よけいなことを!明日、全員、折檻してやる!」と言い返した。佳子は「わたし、何も言っていない!」とブツブツ言うも、「ハイハイ、わかりました。おい、紗栄子、佳子、退散しよう。ネエさん、兵藤さん、お休みなさい」とお辞儀をして行ってしまった。フレンチカジュアルの三人組にお辞儀されたのは生まれてはじめてだ。
美久の家に送っていこうとすると、美久は方向違いのぼくのアパートの方向にスタスタ歩いていく。「美久、送っていくよ」と言うと、振り向いて、僕の服の袖を引張り、下を向いて「タケシさん、タケシさんの部屋に行っちゃダメですか?買っていただいた、これ」と紙袋をさして「これ見せちゃダメですか?・・・私が着てみて、それをタケシさんに見せちゃダメですか?」と小さな声で言う。ぼくは驚いた。それは・・・とつばを飲み込む。「いいよ。いらっしゃい」とボクも小声で言う。
家につくまで、彼女は腕を組まないで、手をつないで、何も言わずに歩いた。部屋について、六畳間のテーブルに向き合って座った。「タケシさん、お父さんに電話をかけておきます」と言ってハンドバックからアイフォンを取り出して電話する。
「もしもし、お父さん、今、タケシさんの部屋にいるの・・・あの・・・その・・・タケシさんがいいって言ったら、今晩、家に帰らないでいい?」と言った。「・・・タケシさんが良いと言って、おまえが良いのならわしは構わんがね。もう大人だ。自由にしなさい」「お父さん、ありがとう」「おまえ、変わったな。夜、どうする、なんて電話をかけられたのは初めてだ」「すみません」「うん、いいよ、お休み」
美久は下を向いている。「タケシさん、今晩、泊めていただけますか?」と聞かれた。ぼくも覚悟を決めないといけないようだ。「ハイ、美久がいいのなら、今晩、ぼくたちは一緒です」と言った。
これはまいった。なんて純情一途。でも、ぼくにとっては重くない。このひとは重くないのだ。ますます、好きになってしまう。「美久、お酒でも飲もう。家に帰らなくていいなら、ゆっくりしよう。つまみ、作ります」
実は、昼間、美久が部屋に来たことはあったが、夜に来たことはない。何事にもスジを通すのが彼女の流儀だ。だから、もちろん、ぼくの部屋でお酒を飲んだことはないのだ。
ぼくは立ち上がって、クロゼットから黒のエプロンを取り出した。すると、彼女も立ち上がって、ぼくからエプロンを取り上げて「わたしがやります」と言う。「ありがとう。じゃあ、任せた」
美久は冷蔵庫と冷凍庫の中身をざっとみた。みんなタッパに詰めてあって、調理済みなのだ。ほうれん草は茹でて冷凍してある。味噌玉も作ってあって、お湯をかけるだけ。キムチもある。まあ、豚肉は冷蔵室にあって、それで何か作れるはず。野菜もすぐ調理できるように切って下ごしらえしてタッパに詰めてあるのだ。
「タケシさん、これ、タケシさんがやったの?」と美久が驚いて聞くので、「父子家庭だったから、料理は慣れているんだよ。豚こまがあるから、美久が何か作って。全部使い切っていいよ。じゃあ、ぼくはお酒を作る」
美久が、解凍したり、炒めたり、飾り付けをしている間、ぼくは、ジンのタンカレーとアンゴスチュラビタースでピンクジンを作った。美久だったら、この強いお酒も飲めるだろう。
ぼくは味見して、調理で両手がふさがっている美久の唇にグラスを当てた。「美久、アル中のお酒、ピンクジンだよ」と少しグラスを傾けて美久に味見をさせる。「あれ?おいしい」「ジンのロックだからね。美久だったら大丈夫だろう?」「大丈夫、飲めます。おいしい」
料理をテーブルに置いて、ぼくらは今日あったことを話した。フレンチカジュアルの三人組になっちゃって、ヤンキーグループはどうなるの?とか。それはグループが決めることで、わたしは抜けたので何も指図できません、とか。
わたしは割り切っています。でも、節子、紗栄子、佳子の面倒はみたいと思います、というので、「いっそのこと、みんな大学に進学させれば?」というと、タケシさん、それは難しいかもしれない、節子はいいけど、紗栄子と佳子は家の経済的な事情がある、それだけじゃなくて、そもそも三人とも大学進学する学力が不足している、自分の進路でやりたいことを考えてもいない、ということを美久は言った。
「なるほど、話は単純じゃないんだな。学力はぼくが教えてもいいけど、まず、本人のやる気と将来の構想だな」「そうなんです。わたしも彼女たちに口を酸っぱくなるほどいったんですけど・・・」「そう言えば、美久のあとの新しい総長ってだれ?節子じゃないだろう?」「・・・その話、今晩しなければダメですか?」と言いにくそうだった、「いや、今晩は、ぼくと美久の夜なんだから、しなくていいです」とぼくは言った。
ぼくらはピンクジンを飲んでしまった。美久とぼくのグラスを洗って、父からギッてきたバランタインの30年を開ける。「今度はウィスキーだよ。ブレンデットウィスキーの一品だ」とロックにして美久に渡す。彼女はちょっぴり飲んで「ええ?のどごしが・・・スルッと入ります」と言う。「そうだろう?」「これはダメだ、どんどん飲んじゃう」と美久が言う。数杯空いた。
美久が、「酔っぱらっちゃいます。酔っ払いました。これじゃあ、タケシさんに下着みせられなくなります。上のロフトお借りしていいですか?」と訊く。「ハイ、どうぞ」というと、下着の入った紙袋を持って、ロフトへの梯子を上がっていった。
十分くらい経った、美久が梯子を降りてくる。下着以外何も着ていない。「タケシさん、これがわたしです。見てください」と恥ずかしそうに胸の前で両手を交差させて俯いていた。最初に選んだスカイブルーの上下の下着を着ていた。
ぼくは何も言えず、美久を抱きしめた。「綺麗だ、美久。すごく綺麗だ」「わたし、タケシさんと一生一緒にいたい。タケシさんの妻になりたい」と言う。女の子にこんなことをこんな格好で言われたらもうノックアウトだろう?
ぼくは声が上ずってしまった。「美久、上に行こう」とぼくは美久をうながして、また、梯子を登らせた。狭い四畳のロフトにマットレスと毛布だけ。美久が脱いだ服が隅にたたんであった。ぼくは美久を抱きしめて、キスをして・・・
「あっ!」と思った。眼を開けた。美久の顔が目前にある。すやすや寝ていた。あれ?昨日は、二人でたくさん飲んで、抱き合って、キスをして、お互いを触りあって・・・
「美久、美久ちゃん、起きて」と美久を少し揺さぶる。「あ!タケシさん、おはよう。何時ですか?」と口を少し開いて、可愛いあくびをした。「美久、美久ちゃん、おはようじゃないよ。え~と」とスマホを見る。「今、五時。あのさ、ぼくらはまだ処女と童貞のままじゃないか?寝ちゃったじゃないか?」「寝ちゃいましたね、二人で」「何もしなかったじゃないか?」「あれ?しましたよ。普段以上に。忘れました?」「・・・うん、覚えている。触ったし・・・」「そぉですよぉ?タケシさん、わたしを触ったじゃないですか?わたしもタケシさんを触りました・・・恥ずかしい・・・わたし、感じちゃって・・・タケシさんも・・・」「それで、二人で寝ちゃったんだ?」「ハイ、気持ちよくって・・・」
「あ!」「『あ!』ってなんですか?」「ぼくら、裸じゃないか?」「ええ、タケシさんはわたしの下着を脱がしました。せっかくの下着が汚れちゃうと言って。わたしもそう、タケシさんの下着を脱がして・・・」「そうだったね・・・」
「あの、タケシさん・・・」「なに?」「タケシさんの固いのが・・・わたしのあそこにあたってます・・・」「あ!あ!ゴ、ゴメン」「いいえ、さ、触っていい?・・・夜はあんまりきづかなかったけど、こんなのわたしに入るの?」「入るよ、問題ないよ」「もう、触るだけで、わたし、感じちゃいます」「ぼくも触っていい?」「ハイ・・・あ!それ、だめ・・・」「み、美久、美久ちゃん、どうする?しちゃいます?」「どうします?タケシさん?しなくても、これだけ気持ちがいいなら、もうちょっと楽しみは取っておきます?」「ぼくが我慢できるかなあ?」「私だって同じです・・・あ!そこ!ダメです!」
「タケシさん?」「は、はい?」「我慢できないんでしょう?」「・・・う、うん・・・」「節子なんかから聞いて知っています」「え?」「ちょっと待ってね」と美久はスルスルと毛布の中に消えてしまって・・・
美久に予備の歯ブラシを渡した。女の子と二人で歯磨きなんて、カエデとしかしたことがない。歯を磨きながら美久に聞いた。「なんであんなこと知っているの?」「節子たちが話してたから・・・」「でも飲んじゃったじゃない?」「え?節子たちは飲むもんだ、って言ってましたよ?変な味!あの味、慣れるもんなのかな?」ぼくはつくづく美久は不思議な子だと思った。
結局、ぼくと美久は童貞と処女のままだった。でも、進展はあった。触る部分と感じる部分が増えた。二人でシャワーを浴びた。洗いっ子をした。それで、シャンプーして、眼に入って、痛がって、情けないことに、ふたりでまた気持ちよくなってしまった。こんなことでいいのだろうか?でも、美久は幸せそうだ。
ここまで場面がセッティングされて、それで、まだ童貞と処女のままなんて、美久のお父さんも三人組も女将さんも南禅さんも羽生さんもだれも信じてはくれまい。
ぼくらって、おかしいのだろうか?
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