第1話 たったひとつの出会い



12年生きてきて初めて、あぁ今日死ぬかもしれないと覚悟をした。

目の前でこちらを見下げる男たちに、肩がぶつかったという理由で目をつけられてから30秒。だんだんと近くなっていく距離に、恐怖の念が大きくなっていく。今すぐ叫んで助けを呼びたいのに、喉が潰れたように声が出ない。肩を強く押され、尻餅をついてしまう。あぁ、新品の制服なのに!ワクワクした気持ちで袖を通したと言うのに!

「ぼーっとしてんじゃねぇよ、当たりどころが悪かったら折れたかもしんないだろ?」

ソウダソウダと後ろで同調するスネ夫2人を心の中で笑う。そんな目で見られても、俺が怖いのはジャイアンだけだよ、なんつって。あれ、なんでジャイアンってジャイアンっていうんだっけ。本名は剛田武だよな、どこにジャイアン要素があるんだ?ジャイアンだけ名前で呼ばれないよな。ん?そしたらジャイ子は本名じゃないのかな。

ふと、自分が人生で一番くだらないことを考えていたことに気付いて驚く。人間は、絶体絶命の危機に陥ったら脳内でくだらないことを考える生き物らしい。

「聞いてんのかよクソガキ」

左頬に痛みが走る。痛え。絶対歯折れた。死ぬ。こいつらに俺、殺される。心の中で馬鹿にしていたスネ夫2人が加勢してくる。1人の足が腰にクリーンヒットした。痛いのに、声が出ない。制服が泥だらけになっていく。あぁ、何分か前に戻りたいな。別の道通るのに。イタ。てか、この人ら大人だろ、カッコ悪すぎ。イタ。ストレスでも溜まってんの?そんなら大人になんかなりたくないな。イタ。

あぁ、やべえ寝そう。これ、絶対寝たらヤバいやつ。もう起きれないやつ。寝るな、寝るな。

それでも耐えられず、極力固めていた体の力を抜いた瞬間、何かが割れる音が数回聞こえた。慌てて目を開けると、そこには頭から血を流して倒れた男たちと、割れたウイスキーのボトルを片手にこちらを睨みつける1人の高校生がいた。

夕日を背にこちらを凝視する彼を、無意識に琥珀色と結び付けていた。これが、琥珀色だと口を開けてしまった。鉄の味がする。気持ち悪い。

「立てるか」

そう言って、ボトルを持っていない方の手を差し出す彼に甘えて、起こしてもらう。腰がとにかく痛い。

「学校戻るか?診てもらおう」

体を支えようとしてくれる彼に、首を横に振る。自分よりも高い身長の高校生は不思議そうに首を傾げた。

「はやく、ごはんがたべたい」

家に帰りたい、という意で言ったそれは、どうやら彼の笑いのツボに入ったらしく、勢いよく吹き出した後に大きく笑った。

「体力使ったもんな、よく頑張ったよ」

優しく頭に手を置かれ、自然と涙が出てくる。中学生になったのに、人前で泣いてしまうのがカッコ悪いと思いつつも、涙は止まらなかった。怖かった。俺、きっとこの人がいなかったら死んでた。

「…ありがとうございます」

このごおんはいっしょうわすれません、と頭を深々と下げると、彼は眉を下げて笑い、制服についた泥を払ってくれた。橙色のピアスが彼の右耳で輝いているのを見つける。大人だ、これが。高校の制服を着ているけど、あの3人よりは確実に。

「送ってやりたいのは山々なんだけど、お前の個人情報知るわけにはいかないし、俺も用事の途中だったし。気をつけて帰れよ。人通り多いところな。そんで、美味い飯食え」

ほれ、と手を振る彼にもう一度頭を下げてから家に向かって歩く。大きな恐怖と、一つの出会いのおかげで、心臓はすごい速さで脈打っていた。腰をさすりながら、彼の姿を思い出す。白いカッターシャツと、紺色のブレザー。薄汚れてしまった俺の学ランとは違う制服。無意識で駆け足になってしまっていて、立ち止まる。散ってしまった桜の花びらを乗せた道路は、やっぱり少しピンク色をしていた。

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