きっと、太陽のせい。
南 陽英
プロローグ
"琥珀”という自分の名前が好きだった。死んだ母さんがつけてくれた名前が、父さんが大きな声で呼んでくれる名前が。
「父さん、琥珀って…どんな色?」
小学校の卒業式が終わり、家へ向かう帰り道。左を歩く父さんに何気なく聞いてみる。
「…さぁ?琥珀はどんな色だと思う?考えてみようぜ」
もうすぐ36になるはずの父さんは悪戯っぽく笑った。そんな陽気な父さんも、自分の名前と同じくらい好きだった。
「父さんのメガネみたいな色?」
太陽に照らされて茶色のように輝くメガネの縁を指差しながら言うと、父さんは確かに、と頷いた。これが琥珀色かもしれないな、と。
「いいか、琥珀。お前が”これが琥珀色だ”と思えば、それはお前にとっての琥珀色になるんだよ。…他の人から見れば、琥珀色は別にあるかもしれないけどな」
「じゃあ、琥珀色はたくさんあるってこと?」
父さんはまた、にかっと笑った。癖っ毛の黒髪が揺れる。
「人がこの世界にいる限り、たくさんの見え方があるだろ?例えば、琥珀から見える世界と、俺から見える世界はまず、高さから違う。それから、色の見え方が違う。…琥珀、道路は何色に見える?」
「…いつもは青だけど、今日は少しピンクだ」
目の前の道路を見る。毎朝、学校に行くたびに見る道路は、空の色のせいか少し青みがかっている気がする。だけど、今目の前に広がる道路は、ほんのりとピンクを感じた。あぁ、そっか桜。
「それも、みんな違う色に見えるんだよ。現に琥珀の中でも、青の時とピンクの時があるんだから」
結局琥珀色の正解はわからないけれど、それで良い気がした。
「お前がそう見えるなら、カラスだって白でいいしミカンだって青でいいんだよ」と言ってくれる父さんがいれば、もう十分だ。何もいらない。俺もいつか、父さんみたいになれたらそれでいい。
「琥珀って、いい名前だろ?」
お前の母さんがつけたんだから、と愛おしそうに言う父さんの隣で、これから先自分に訪れる素敵な未来を想像しながら、小学生を終えた。2017年の春のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます