第51話 京へ 3


 中ノ國から持ってきた宝物の数々を持参して、京の内裏に参上した。

清涼殿の間から一枚襖を隔てて待機していると、朱雀后の侍臣から、御前に上がりお目見えする許可をお出しになられた事を伝えられたので、目の前の襖を開けて、姫君と道治殿と共に正座のまま深く頭を下げた。


「面を上げなさい」

朱雀后は肘掛けに凭れながら、高みから見下ろす鷹のように俺を見た後、道治をチラッと確認し、その視線を姫君に向けた。


「よく来たわね。以前、椿と一緒に来たのは、ええと、いくつのときだったかしら。」

「十歳の時で御座いますわ。」

「あら、もうそんなに」

「はい。大変お久しゅう御座います。元気なお姿を拝見でき、喜ばしく存じ上げておりますわ。」


朱雀后は、もう五十路と聞いていたが、まだ四十路弱位に見える。だが、笑うときに目尻の辺りに寄る皺は、確かに、相応のものである。


「國の宝物を持参致しましたので、献上致します。どうぞご入貢下さいませ。」

姫君がそういうと、侍臣たちが國から持ってきた白磁の器やら絢爛な絵画などを朱雀后へと捧げた。


「ええ、確かに戴きました。大変貴重な品をわざわざ持参していただけて大変嬉しいわ。」

京の侍臣たちが宝物を受け取って部屋の外へ持ち出していく。

「中ノ國で、戦が起きたと聞いているわ。いくらか援助を送ったけれど國の状況は?」

「はい、少しずつですが、建て直す道筋が見えて来たところで御座います。」

「そう」

朱雀后は姫君の言葉を聞くと、穏やかな表情になった。


「本日は、彼を紹介しに上がりましたの。」

そう言って、姫君は私の方を見たので、もう一度朱雀后に深く頭を下げて名を名乗った。

「あら、あなたが――――随分と可愛らしいのね。ふふ、こんなことを言っては失礼かしら。御免なさいね。あなたの事は知っているわ。夜叉を倒した武士がいると。でも、てっきり私は男だとばかり」


 朱雀后が混乱していると、道治殿が「失礼ながら」とひと言断ってから口を挟む。


「御上様、彼は男で御座います。ええ、私もなかなか信じられていないのですが、どうやら、夜叉の呪いでこの様な姿になったのであり、元々は男の姿であったと。」

「そんなことがあり得るのかしら」

「かの大妖怪、夜叉の呪いですから、対象の在り方を変えてしまうことも可能だと存じ上げております」

「そなたが言うのなら」


朱雀后はまだ混乱しているようだったが、道治殿の言葉で少し落ち着いた。

「雲雀、だったかしら。」

「はっ」


朱雀后は俺に呼びかけると、およそ人では気付かないほど僅かな怪しさをその笑顔の中に隠した。

「私はそなたの武力を高く買っているわ。京に来てはどうかしら。今、左近衛少将の官職を空けているのよ。」


 朱雀后の言葉に、姫君が返した。

「雲雀を高く評価してくださり大変嬉しいわ。ぜひ、この話は持ち帰って父と母に伝えておきます。ところで、雲雀を高く評価していただけた折に、朱雀后にご相談があるのです」

「何かしら」


「雲雀のために正倉院を開けてはくださいませんか?」

「ええもちろん、数々の宝物を中ノ國から頂いたもの。こちらも返礼品を差し上げなければならないから正倉院からいくつかお渡ししようと思っていたところよ。」

 今度は、朱雀后の目にしっかりと欲望がちらついた。


「雲雀に掛かった呪いを解くために、払い具をいくつかいただきたいですわ。」

「どの祓具かしら」

 姫君が道治殿を見ると、道治殿は必要な祓い具を申し上げた。

「青翡翠の勾玉と、閃光銀の指輪で御座います。」


「それはお渡しできないわ。その二つは京の宝物の中でも、極めて貴重な品なの」

朱雀后は微笑んだ。その笑みが、こちらに何かを差し出すように促しているものだと、何となく分かった。


「どうしても、いただけませんか?」

「ええ。國ノ外に持ち出されると困るの」

 それはつまり、俺が京に来れば渡さない訳ではないということだ。

だが、それじゃだめだ。中ノ國から出ることになれば姫君と離れることになる。それじゃあ何の意味も無い。


「朱雀后様は、先にお会いしたときからずっと若々しく御座いますわ。」

「あら、ありがとう。でも、お世辞なんて言ってもダメよ。」

「お世辞ではありませんわ。しかし、ひどく勿体ない」

姫君の言葉に、朱雀后の表情が曇った。


「朱雀后様は、彼を見て、どうお思いになりますか。」

姫君は俺の方を示して尋ねた。


「どうって……」

「この姿、果たして本当に呪われているようにお見えになりますか。」

「ええ、確かに。彼は病に伏しているわけでも怪我を負っているわけでも無い。呪われれば、普通は醜い姿になるのに……とてもそうとは思えない」


「それは、彼の刺している簪のおかげで御座いますの。」

姫君は微笑んだ。


「この簪で髪を飾れば、その姿は見る者に好ましいものに変化するので御座います。彼の場合は、呪いで鬼に変えられた姿を人の姿に変える程度の効力しか発揮出来ておりませんが、女がこの簪で髪を飾れば、その姿はとても美しく映えるようになる。

ですから、私は勿体なく存じているので御座います。」


「どうして?」

「朱雀后様がこの簪でその御髪を飾ったなら、一体どれほどお美しく見えるのでしょうね。」


 朱雀后はしばし黙って俺の方を見つめていた。しかし、その後、大きくため息を吐いて、道治殿へ宣った。


「正倉院を開けることを許します。」

俺たちはその言葉に感銘し、深く深く礼を申し上げた。

 その様子を苦笑混じりに見つめながら、こう言った。

「本当に大きくなったわね。百合」

姫君は顔を上げて静かに「はい」と申し上げた後、柔らかく微笑んだ。


「雲雀。貴方が京に来たいと言うのなら私はいつでも歓迎します。もし、京に来ないと決めたとしても、この縁を振り捨てないでいてくれるかしら」

「その様なことは決して――――自分の力が必要とあらば、微力ながらも謹んで協力させていただきます。」


 正倉院から青翡翠の勾玉と閃光銀の指輪をいただいた後、不要になった簪を、質のよい木箱に入れて献上した。

 それから、京の宮から出るとき、返礼品を朱雀后から渡されて、行きと同じように馬車は宝物やら京の特産物やらで一杯になった。

 そのまま、道治殿に別れの挨拶を告げて、俺と姫君は京を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る