第50話 京へ 2


 京ノ國の都では、碁盤の目状に道が敷かれ、整然と家屋や寺院やら農地やらが並んでいる。中ノ國の城内は京を真似して作ったそうだ。

 東海道を昨日一日かけてずっと上ってきて、昨夜は、途中街道沿いにある旅籠で休んだ。

姫君と旅をしているという幸運を未だ信じられず昨夜は中々寝付けなかったが、姫君も旅をするのは初めてだと言って楽しそうに夜遅くまで話していらっしゃった。

 今日の朝、旅籠を出て馬車を走らせると、大体2時間ほどで京ノ都が見えて来て、今こうして京ノ都を観光気分で眺めている。


 馬車は左京の三条のあたりに向かっている。京の都に入るとき通った八条、九条のあたりは荒涼とした田畑ばかりであったが、三条大路には桜や柳などの街路樹が植えられており、辺りには公家百官の壮大な屋敷が建ち並び、素晴らしい美観を呈していた。


 あるお屋敷の前で、馭者が馬を止めて「着きました」と言った。

屋敷の門の前に馬を止めたことで、俺と姫君が馬車から降りたとき、門衛がこちらの方へ駆け寄ってきて、「お待ちしておりました」と案内をしてくれた。


 馬は裏へ回って入れるそうなので、従者たちはそちらへ行くように姫君が指示をした後、門衛に付いて、俺と姫君は門をくぐった。


ここは書院造りの大屋敷で、庭には様々な木々や草花が植えてある。庭の池の真ん中にある中島には、一本、松が植えられていて、架けられた赤い橋と調和して洒落ている。


 風流な人なのだろうと、庭を一目見て思った。 門衛は屋敷の勝手口まで案内すると、続きは、屋敷の中で待っていた身綺麗な老婆が引き継いだ。

 姫君と共にその老婆と話をしながら歩いていると、少しして客間の前に着いた。老婆が中にいる主人に声を掛けると、中から声が返ってきて、客間の中に通された

る。


 向こう側に主人が一人、座布団に正座して俺達を待っている。手前側に二つ、座布団があるので、姫君と並んで座った。


「ようこそ、おいで下さいました。お初にお目に掛かります。私が本屋敷の当主を務めさせていただいております、土御門 道治と申します。」

「こちらこそお初にお目に掛かります。小宮家長女の小宮百合で御座います。そして、彼が、お手紙でお伝えさせていただきました、空木雲雀で御座います。」


 姫君の紹介を受けて、俺も挨拶を申し上げると、道治殿は穏やかな表情で、

「なるほど、君が」と呟いた。


 その後、時節の挨拶やら土産を持参した事やらを申し上げた後で、姫君はこう切り出した。

「お手紙でお話しした事で御座いますが、夜叉が彼に掛けた呪いを解呪してはいただけませんか。」

 姫君の言葉を聞くと、道治殿は、穏やかな表情のまま、俺にこう訪ねた。


「雲雀殿が呪いを掛けられたのは、夜叉が死ぬ間際ではありませんか?」

確かに、俺が呪われたのは、山城に攻め込んで夜叉の首を斬った後だった。


「はい、その通りです」

俺が道治殿の言葉を肯定すると、道治殿は難しい顔をして黙った。

ずっと、彼の言葉を待っていると、

道治殿は顔を上げて俺達にこう言った。

「恐らく、その呪いを解呪する事は出来ません。」


――――――――***――――――――


「何故です!あなたほどの力があればきっと――――」

姫君は身を乗り出して道治殿に尋ねた。俺は、唖然として、何も言えなかった。

 道治殿は言葉を続ける。

「夜叉は、特異なあやかしです。私どもが日常相手にするあやかしの呪いとは、格が段違いで御座います。しかし、例え夜叉が掛けた呪いだとしても、本来なら、私であれば日数が掛かりますが何とか解く事が出来るものでした。

しかし、夜叉が貴女に掛けたのは、夜叉の命と引き換えにした呪いで御座います。ただ、心臓を止めたり、病を呼び起こしたりするような単純な呪いでは無いのです。対象の在り方を根本から変えてしまうほど強力な呪いですから、それ程の代償が必要なのです。

それ程の対価を払って掛けられた呪いを解くことが出来るのは、おそらく、何処にもおりません。」

 道治殿の言葉の後、何を言えばいいか考えられず、俺と姫君は口を噤んだ。5分ほど、部屋を重い静寂が包んでいたが、俺の喉から溢れた湿っぽい懇願がそれを破った。

「本当に、本当に、打つ手は無いんですか。」

「ええ……」

「本当に、本当に、ありませんか?何でも良いんです。」

「いや、まあ……ええ、ありません。」

「本当は何かあるのですか。」

「いや、その、しかし……」

道治殿は悩んだ末に、定かでは無いが、可能性が無いわけでは無いと言った。

「御存知かと思いますが、京の宮の中には、国宝を保管している正倉院という倉があります。その倉に保管している宝物の中には、伝説の陰陽師が心血を注いで作り上げた極めて強力な祓い具がありますから、それを身に付ければもしかしたら、夜叉のその呪いすら打ち消せるかも知れません。」

「本当ですか!」

姫君が身を乗り出して言うと、道治殿は頷きながらも、「しかし」と呟いた。

「正倉院の倉を開けることを御上から許可を得ねばなりませんが」

「それならば私が何とか致します。ですからほんの少しでも構いません。私たちに協力していただけませんか。」

「ええ、それは勿論」

「では、明日に、一緒に宮中へ参上していただきたいのです。」

姫君の言葉に焦ったように道治殿は言った。

「そんな急には行きません!事前に文をお送りして約束を取り付けなければ」

道治殿の言葉に姫君は穏やかに微笑んで、

「それならば、実は京へ来る前に取り付けてありますわ」

と言った。

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