第48話 会議

 目の前に、閉じられた襖が一つ。絵の虎が俺を喰らおうと、大口開けて牙を見せ、巌に四足で立っている。虎の絵と正座で向き合うこと数十分、その間一度たりとも手の震えが止まっていない。今、ようやく部屋の中から「入れ」と聞こえたので、俺はその襖に手をかけて、一気に開け放った。


 左右列になって國の重鎮が並んでいる。右列に6人。左列には空席が一つあって5人だ。奥にいる3人は小宮家の面々である。

 開けた襖から部屋の中に上がり、重圧の中、床に手を付き、深く頭を下げて名乗った。

「空木雲雀と申します。」


 顔を上げて様子を見ると、思案顔が若干名、驚いた表情が数名、険しい顔一名、憤怒の顔一名、面白がるもの2名、粛然とした顔2名、微笑む顔2名と

人それぞれ様々な反応をしている。

 たぶん俺の処遇についての決定が曖昧な土台の上でゆうらゆうら揺れているのだ。

 

「空木雲雀の処遇について、今日、結論を出したい。まず初めに、貴殿らの現在の意見を言っていただきたい」

 俺の登場の後、真っ先に発言したのは右大臣だ。今日、司会者としての立ち位置に居るのは彼なのだろう。


 左尊右卑の関係上、初め右列、次に左列と意見陳述が行われる。

従って、初めに発言するのは右列の末席に座る右近衛中将、つまり鈴木清正である。

 清正は、斎我殿にキチッと頭を下げた後、「私は」と発言を始めた。

「空木雲雀は身命を賭して國の為に夜叉を討った。その忠義と功績に、國は褒美を以て応えなければならない。」


 続く兵部卿も清正の意見に同意した。だが、その後で、俺が鬼であるという事情の複雑さに言及した。つまり、通例に則って褒美を与えることが難しいと指摘したのである。それは、後に続く者全員が同意した。


 その後、3番目の発言者である右近衛大将、つまり、柴田小十郎が俺に対し最も残酷な意見を表明した。


「いかなる理由があろうと、この國が鬼に与したとあらばその信用は地に落ちるだろう。よって、空木雲雀は死刑とすべきである。」


その意見が火種となって、意見が三つに分かれる。


 俺を死刑とすべきだという意見に刑部卿と小十郎がついた。

 逆に、俺に報酬を与えるべきだという意見には、清正と姫君がついてくれた。

 俺は生かすべきだが、褒美を与えてはならないという意見にはその他がついた。

 どの立場も表明しなかったのは、小宮椿と、斎我、そして大納言の3人で、その内、斎我と大納言の2人は、珍しいものを面白がっていただけであった。


 全員が現在の意見を言い終えると、右大臣が、「それでは」と皆を見て、

「この3つの意見のどれかを、今日採択する。そのために、今から討論を始めよ」

と討論を促した。


 すると誰よりも早く、小十郎が発言した。

「コイツは鬼だ。人じゃねえ。この先必ず災禍の火種になる。今殺しておくべきだろうッ!」


 その意見に、すぐに清正が抗った。

「侍は奴隷じゃない。國のために武を捧げるのは、そこに対価があるからです。國が雲雀の武勲に応えなければ、それは必ず、武者の心にしこりを残すことになる。

対価が無いのなら、一体なぜ自分たちは國のために働いているのかと。」


 しかし、中納言と兵部卿が清正の意見に口を出す。

「しかし、鬼に報奨を与えたとあらば、この國が人ではなく妖怪側に落ちたと他国は解釈するでしょう……それは……まずいですぞ……」

「ええ、武者たちの間にも、少なからず不満が残るでしょう」


 また、傍から聞いていた左大臣がこちらをちらっと見た後で、小十郎を宥めるように意見を述べる。

「ふむ、小十郎君はちと考えが野蛮じゃのう。この少女を死刑台に立たせるなど、わしは良心が痛んでできそうにないわい。」


 その他で、尚侍…つまり紫陽と、左近衛中将はわたしに尋ねた。

「雲雀、あなたが、本当に、夜叉を倒したのですか……?」

「そなたが、本当に男だというのか。」


すると、俺が応える前に姫君が応えた。

「本当よ紫陽。それと、中将の君、あなたの質問は今なんの意味があるのかしら。」

 姫君は紫陽に微笑んだ後、左近衛中将を睨みつける。どこか残念そうな表情で聞いてきた左近衛中将は、姫君に睨まれると、恐縮して、己の言葉を取り下げた。


 議論はせめぎ合って膠着したまま動かない。どの結論にも到達しない。

「空木雲雀、君の意見はなんだ。」

右大臣は、膠着した議論を見かねてか、そう俺に尋ねてきた。


「俺が國に武を捧げてきたのは、願いがあったからです。その願いのために、絶対に報奨をいただきたい。」

「君の願いとは。金か、土地か、利権か、それとも、名誉か」


今生の勇気全てを振り絞って、俺は場にいる重鎮全員に言った。

「名誉です。俺は姫君と契る為に必要な名誉が欲しい」

「まあ!」

 直後、議論を面白がって見ていた小宮斎我が突然恐ろしい形相で立ち上がった。


「餓鬼、立てや。ずいぶん舐めた事を抜かしやがったな。」

 姫君や他の家臣たちの静止を振り切ってずんずんとこちらに歩いてくる。ここで気押されれば、きっと主張は通らないと分かっているから、立ち上がって斎我を迎え撃った。


「相手が誰だろうが、主張を曲げる気はない」

「あ?なら死合うか。」

「必要とあらば。」

「やめなさい、斎我。」


斎我は椿様の静止を聞かないで、俺の胸ぐらを掴んできた。

その手を、俺が力ずくで外したとき、斎我は躊躇いなく脇差しに右手を伸ばして、引き抜こうとする。その手が刀を引くよりも早く、俺がその動作を止めたとき、部屋中に怒鳴り声が響き渡った。


「斎我ッッ!!」


驚いて、思わず視線を斎我から外した。しかし、そのとき生まれた絶好の隙を、斎我は突いてこなかった。

しまった、と言うような顔で、椿様の方を見ている。


「暴力では解決しません。皆さん、考えなさい。どうすれば國とその少年双方の利益となるのかを。」

「す、すまない椿。」

「黙りなさい、斎我。あなたはこの場にいても邪魔よ。出て行って頂戴。」

「ああ?」


 俺と斎我の間にあった火種が消えた代わりに、最も不味い2人の間で燃え始める。冷え切った空気に、2人以外誰も口を開くことが出来ない。


 右大臣が、取りなして下さいと左大臣の方を見る。左大臣はその視線を避け、素知らぬ顔をする。場に静止する人が誰一人いない状況に、別当が、呟いた。


「斎一様がいらっしゃらないと、こうも上手く行かぬとは」

 小宮斎一は、空席の、左近衛大将のことだろう。こういった衝突を長男として、茶飯事に仲裁していたのだろうか。苦労が偲ばれる。


「空木雲雀が人に戻るまで報奨を延期するのはどうだろうか。」

早く場を畳もうとしてか、俺の死刑を押していた刑部卿がそんなことをのたまった。

「それならば、柴田殿も文句はないだろうか。」

「ああ、人に戻れば、何も言うことはねえよ。」

右大臣も、その意見に賛成し皆に決議を取った。結果は、殆ど満場一致の決定である。斎我一人が、票を入れてはいないが。


「それでは、解散とする。」

右大臣のその言葉を聞くと、皆足早に帰って行く。

 対立する斎我と椿を横目に、国が荒れるぞと、呟きながら。


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