第47話 兵共が夢の跡 終 (姫君)
夜になって、寝る前に検診に来た医師に、姫君に届けて欲しいと手紙を預けた。医師が帰っていった後、リンリンと鈴虫の声音を聞きながら、月明かりに照らされ夜風に揺れる萩を眺めていると、だんだん意識がぼんやりとしてきて、ついに瞼を開けていられなくなった。
このまま寝てしまおうかと思ったが、夜風が心地よくて、しばらく、目を瞑ったまま訪れた秋の匂いを楽しんでいたら、もうすっかり十二時を回ってしまっていて、遠く離れた本丸の門が閉じる音が聞こえてきた。
明日、この身体を引きずってでも姫君に謝りに行かないといけないなと考えて、お腹がヒリヒリとして眠れないまま狸寝入りをしていると、遠くから、誰かが歩いてくる足音が聞こえてくる。この時間に聞こえてくる音は、鎧の擦れる音に混じった門番の重い足音ばかりだが、その足音は軽い音であった。女がこんな時間にどうしたのだろうと不思議だったが、まさかこの医療殿へ近づいてくるなどとは予想していなかった。
だが、足音はこの医療殿の中に入ってきて、今、この部屋へと向かっている。
足袋と床の擦れてシュッシュッと連続している音は、襖の前で突然消えた。その直後、静かに襖の開く音がした。
目を開けなくても、誰が来たのか分かった。
足音の主は、そのまま俺の傍らまで歩いて来て座る。
そして、独り言を呟いた。
「馬鹿ね」
左頬に温かい指先の感触がした。姫君が、いたずらで頬を触っているのだ。
「雲雀は女の子なのに、女心がちっとも分かっていないのね。」
どういうことだろう。
「自分を守るために男が負った傷をかっこ悪いなんて思う女はいないのに。」
その穏やかな声音は鈴虫の高音に彩られて、しっとりとした夜の闇に溶け込みながら艶っぽく響いている。
「ねえ、寂しいわ」
姫君がそう呟いた瞬間、全ての音が消えたような気がした。水が打ったような静けさの中に、先ほどの潤んだ言葉がいつまでもいつまでも、反復して消えない。
姫君が、夜の闇に飲み込まれていなくなってしまう気がして、目を開けて姫君の手を捕まえた。
眼前に、姫君の、綺麗な顔があった。俺が起きたのを見ると、ふっと・・・優しく微笑んで「雲雀」と俺に呟いた。
「ごめんなさい」
初めて悪いことをしてしまった時のような不安な気持ちで謝ると、
「待ってるから」
姫君は、それだけを言い残して、部屋から出て行った。
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