第46話 兵共が夢の跡 (清正)
ちょうど手紙の結びを書き終えて、布団に寝転がりながら夕暮れの空を眺めていたとき、ピシャッと襖を開けて男が一人入って来た。薄暗い所を歩いているとき顔がよく見えなかったが、近寄ってくる内に、それが清正だと分かった。
「雲雀、身体はどうだ」
「もうじき動けるようになる」
「そうか、よかった」
「何が良いんだ」
こんな怪我をして、こんな部屋にいるせいで姫君に嫌われてしまった。
この怪我が治ったって心象が良くなるわけじゃない。もう終わりだ、何もかも。
こんなことになるのなら、馬鹿みたいな矜恃なんて捨てれば良かった。
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない胸の奥から、時々、涙が込み上がってくる。
めそめそと病人みたいになってしまった。
「何をふて腐れてるのか知らんが、お前、女々しくなったか。」
「ふざけるな。用は何だ」
呆れ顔が憎たらしい。俺の肋骨二本折ったことを忘れてるんじゃねえだろうな。
「お前、今の状況知らないだろう。だから、教えに来たんだ」
「状況?」
「夜叉を倒した功績を、お前に与えるかどうかで上が揉めてるんだ。鬼に武勲を与えるのはどうなんだって」
清正の話を聞いて唖然とした。
「お、俺が、どれだけ苦労したと……」
「そんなもの、上の御方たちは知らないさ」
「ちなみに小十郎殿もお前に与えることに反対している」
「あの馬鹿おやじ、今度会ったらぶん殴ってやる」
「ハハハ」
大将が狙われているのに、副将が呑気に笑っていて良いのだろうか。
「止めないのかよ」
「今回の判断はあの人がおかしいからな。」
「俺の味方をしてくれるのか?」
「ああ」
「どうして」
「お前には借りがある」
「貸した覚えはないぞ」
「知らなくて良いさ」
一体どこで清正に貸しを作ったか分からないが、聞いてもこれ以上は語らないだろう。
だが、自分の与り知らぬ所で感謝されているというのも何だか落ちつかないな。
貸しか――――
ああそうか、もしかして。
「俺の肋骨を折ったことか」
「何のことだ。」
清正は一切悪びれることもなく、真顔で言い放ちやがった。
「用が済んだなら早く帰れよ」
頭にきて、そう大声で言ってやると、また呆れたような顔をする。
「急に何だ。言っておくが、俺は雲雀に刃を向けた事を過ちだと思っていない。お前が本物の鬼だったなら、あの場で一瞬でも躊躇えば全員死んでいた。」
「そんなことは分かっている。」
だからといって苛立ちが収まるわけがない。
「お前、やっぱり」
「う、うるさい!」
俺が清正の発言を遮っていると、庭の方から風が吹いてきて、文机に載っていた手紙がパサリと床に落ちた。
「姫様への手紙か。」
「ああ」
「仲が睦まじいのは良いことだ。」
清正の言葉に思わず目を逸らすと、その動作で粗方のことが伝わってしまったみたいで、怪訝そうな表情をしたまま聞いてきた。
「お前、何かしたのか。」
口籠もっていると、今度は、
「姫様に嫌われたら終わりだぞ」と脅してくる。
それでも黙っていると、一緒に謝りに行ってやるから話せと優しく笑った。
「今日の昼頃に、アザミが手紙を届けてくれて、その手紙を読んだのだけど、俺が失礼な態度を取ってしまったせいで、姫君が怒ってしまったみたいなんだ。」
「あ、アザミ様が、いらっしゃったのか」
清正はズレたことを聞いてきた。
「どう謝ればいいだろうか」
「アザミ様が、ここに、来たのかと、聞いているのだ。」
「いや、来たが、今はそれより」
「お前まさか見舞って貰ったんじゃないだろうな」
清正の顔を見て、ピンときた。
「まさか、アザミのことが好きなのか?」
こう聞くと、顔を赤くしたまま、照れ隠しなのか、やたら後頭部を掻いている。
やたら真面目で硬派を気取っていた清正に、好きな女が出来たという。
いたずら心が芽生えてきて、
「いつからだ」と聞いてみると、急に立ち上がって部屋を出て行こうと歩き出したので、
「アザミに言ってしまおうか」と脅してみたら、ピタリと歩みが止まった。
結局、清正は姫君の事に関して何にも役に立たなかったが、俺は、根掘り葉掘りと聞き出せたから満足した。
他人事だと思って、応援しているぞと無責任なことを清正に言ったはいいが、清正が部屋を出て行った後で、それにしてもあのアザミかと、清正の恋の行方に待ち受けるだろう多難を想像し、少し気の毒に思った。
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