第44話 兵共が夢の跡 (アザミ)

 布団の横に膝を突いて座り、わたしの方をじっと見てくるばかりで何も言葉を発しない。

 自分から訪ねてきたくせに、ムスッと不機嫌そうにしている。

 どう見ようにも患者を見舞いに来た顔ではなく、一体何しに来たんだと聞いてみたい気がした。だが、そんな生意気なことを口に出来る身分で無いし、何よりアザミは恐いし、逆上させて怪我が悪化したらたまらない。


「今日はどうして…?」

「……」


 自分の気持ちを察しろと言うことだろうか。自分から会いに来たくせに、どうしてわざと気まずい空気に変えるのか。

 沈黙があまりに重たくて、胸の辺りがヒリヒリする。

えっと、本当にどうしてここに来たんだろう。

 まさか、あの時わたしが言った悪口を根に持って、やって来たのか。


 アザミの首元に向けている視線を上げて、アザミの目を見ると、わたしの視線から逃げるように目を逸らして、より表情を固くした。より、気まずくなった。

「体調の方は、どうでしょうか」

「別に」

刺々しい話し方だ。やはり、怒っているみたいだ。


「心の方はもう落ち着きましたか」

 アザミはわたしの言葉を無視した。


また、重い沈黙が部屋に垂れ込める。もう、それを破る勇気が出なくて、目線を天井に向けたまま、ただ時が過ぎるのを待つ地蔵になった。

 わたしが何も言わないと、チラチラとこちらを窺うように見てくる。気まずすぎて、狸寝入りでもしようかと目を瞑った。


「寝るな」

アザミに似合わない、荒っぽい言い方だ。目を開けると、わたしをそばでじっと見ていた。


「あんたを見ていると虐めたくなるの」

 ムッとして睨むと、驚いたように顔を離した。


「嫌がらせをしに来たのか」

恩に着せるつもりは無いが、一応、わたしは、アザミの命を守った。それなのに、こうして寝床まで虐めに来るなんて、とんでもない女だ。呆れてものも言えない。


「……ぅ」

「なんて?」


わたしの耳でもはっきりと聞こえないような声音でアザミが何か言ったから、何を言ったのか聞き返すと、アザミは急に恐い顔をして、キッとわたしを睨んで言った。

「違うッ」


 いきなり怒鳴るから、気圧されてまじまじとアザミを無遠慮に見てしまった。すると、膨らんだ風船が萎んでいくように、アザミの顔から気勢が消えていき、またムスッと機嫌の悪そうな顔に戻った。


 初めと同じ顔だ。だが、初めと少し違うのは、アザミが話し始めたということ。


「あんたみたいに、なんでもかんでも信じそうな間抜けな顔しているのを見ると、虐めたくなる。その真っ直ぐで綺麗な目を無性に濁らせたくなるのよ。」

「弱虫のくせに」

ぼそりと毒づいたら、

「うるさい……」

と弱々しい声で返された。


 激怒するかと思ったから、アザミの反応に少し驚いたし、その一方で、ああそうかと一つ分かった。

「アザミも、昔は虐められた事があったのか」


アザミはわたしの言葉に応えなかった。いや、聞こえないふりをしていた。

それきり、また部屋が静かになった。


秋風が私とアザミの間を駆け抜けて、そこに溜まる淀みを吹き流していった後、アザミが、本当に小さな声で、

「御免なさいね」と呟いた。


 尻すぼみに消えていった声であったが、ちゃんと聞き取れたはずだ。だが、それでも信じられなくて、まじまじとアザミの方を見つめていると、アザミは恥ずかしそうに顔を赤くしてそっぽを向いた。


庭の方ばかりを見ているから顔が見えない。その顔を見てやろうと考えていると、アザミは急に立ち上がって、襖の方へスタスタと歩いていく。そのまま、何も言わずに部屋から出て行った。


 一枚、わたしの枕元に手紙を残して。

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