第43話 兵共が夢の跡
天井の梁を眺めている。体中がボロボロだ。特に夜叉にやられた背中と左肩が痛い。武者共に殴られた顔は、3日程前に傷が消えた。
ちょうど夏が終わって、外ではすすきや萩が秋風に揺れる光景が見られるようになった。移り変わる景物を眺めるだけの生活ももう二週間になる。その間に、城の中ではごたごたと事情が変わったみたいだが、その間、医療殿に居る俺は蚊帳の外であった。
見舞いに来てくれた姫君を、傷だらけの姿を見せたくないと追い返してから、もうずいぶんと一人でいる。姫君以外で見舞いに来てくれた人はいない。初め、その訳は、みんな鬼のいる部屋に近づきたくないからだと思っていたが、そうではなく、大勢が、本当に死んでしまったからだとある日気付いた。
ここ最近で唯一話したのは、治療に来てくれる医師たちだけだ。しかし、その彼女らもわたしの身体に塗り薬を塗って包帯を巻くと他の仕事に追われてさっさと帰ってしまうから、ここ最近はいつも一人でいる。
御炊き上げは、6日程前に終わった。ちょうどその日、空に上がる白煙をいくつか遠くの空に見た。何人の方が亡くなり、煙となって空へ昇っていったのか。また、墓所で土葬によって葬られた人間も居るだろう。
何人死んだのか、誰が亡くなったか、と尋ねても、彼女らは答えなかった。
わたしを慮ったからか、それとも、ただの好奇心で聞いているのだと思ったのか定かではない。だが、どちらだったとしても、それは正しかったし、間違ってもいただろう。
何故なら、わたしは悪人では無いが、善人でも無いからだ。
もしその数を聞けば、きっと心で一様にそれぞれの死に対して心を痛めたが、もし、その名がわたしを殺せと言った野次馬共のものだったら、その死に対してこの心は涙に濡れる事は無かった。
結局、誰が死んだのかということをわたしはまだ知らない。だから、ただの善人で居られた。あの日、空に上がる白煙を見て、亡くなった者たちへ平等に黙祷を捧げられたのだった。
秋風が仄暗い部屋の中に忍び込んできてわたしの髪をはらはらと揺らした名残に、紅葉の匂いを置いていく。
澄んだ青い空に浮かぶ白い月の下を、雁が飛んでいくのを見て、十五夜までに身体を治して、姫様と月見をしたいものだと思っていると、部屋の柱をコツコツと叩く音がした。
医師だろうかと思って、
「どうぞ」と襖の方に声を掛けると、
襖を開けて入ってきたのはアザミであった。
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