第41話 戦 5

 貞観殿に戻ると、まだ戦いは続いている。背中と左肩をやられた俺が役立つのか分からないが、奴を仕留める為に何か出来るなら何だってしたかった。

「雲雀、戦えるな。」

 清正の目は、戦えなくても戦えと言っていた。


 3人ずつ交代で夜叉に攻め入って足を止めている。攻め込むたび、夜叉の打撃を喰らって怯んでいるが倒れはしない。先程まで見物しか出来ていなかった武者共も、その命を賭して夜叉に攻め入っている。

 全員分かっているのだ。ここで負ければ、國が滅ぶ事を。


「このままじゃ夜叉に勝てない。どうすればいいッ」

「勝てねえのは奴が速いからだ。だったら、単純に俺らが奴より速ければいい。」

「どうするんだよ」

「奴を遅くするしかねえだろ」

「どうやって」

「知略と技だ」

斎我は夜叉に攻撃を当てて見せた。


 知略か――――

「八咫烏に蘇らせて貰ったとき、コイツが払った代償とかは無いんですか」

「確かに、奴は一つ、八咫烏に誓いを立てたはずだけどよお――――」

「それはたぶんこの國を落とす事だろうな」

 本当にそうなのか。


「雲雀、お前、いつ技を使うんだ。」

「ずっと、使ってるだろ。」

「お前の得意なのはそっちじゃないだろう。」


 ああ、そういうことか。清正は、剣術ではなく、居合い術を使えと言っているのである。

構えた刀を鞘に仕舞ってみたが、戦場で刀を抜いていないなど何だか変な気分になる。

 まあどうせこの身体じゃ二、三回しか刀は振れないか。


「俺は何をすれば良い。」

「何でも良い」

「じゃあ、俺にアイツの首を取らせろ。」

「あ?無理だろ、そんな身体じゃあ。」

「俺が、今この中で一番速いはずだ」

「舐めるな餓鬼。俺の方が速いわッ!!」


斎我が夜叉に向かっていく。夜叉はその場で静止したまま、構えもしない。全ての動きを見切ったとでも言うようだ。


 斎我の斬撃は空を切るだろう。


俺も激しい戦いの渦の中へ、ゆっくりと歩きながら入っていく。

 そういえば、この体でまだ、抜刀術を使ったことはなかったな。

師から教わった極意を頭の中で反芻しながら、大きく息を吐いた。背中と左肩がズキズキと悲鳴を上げているが、戦いの高揚の中に居て、幸いまだ、無理ができそうだ。


 俺が打てるのはおそらく三発。

コイツらを黙らせるのに一発使うのか。黙って俺に任せてくれればちょっとは楽なのにな。


 夜叉の傍まで歩いてきた。激しい打ち合いの末に、予想通りのタイミングで斎我に打撃が入って飛ばされた。今、夜叉の周りには誰もいない。

今は調子が悪いから、手元が狂って人間まで斬りかねないから、好都合だ。


「貴様の全ては我のものだ。逃げられはせぬ。」

夜叉が、その手を俺の方へ伸ばしてくる。


 抜刀の極意は、三つ。

一つ。動きの起りを悟られるな。

二つ。最も遅い瞬間から、最も早く剣を抜け。

三つ。全ての動作に一部の無駄も許すな。


 初め、全ての殺気を消して近づいた。

次に、動きの起りを徹底的に無くした。

そして、俺は一瞬、静止した。

ここまでに、夜叉の動作に揺らぎは無い。

 じゃあ、最後か。


 俺は右足の足裏が床に付く瞬間に、脱力した状態から一瞬で全身に力を入れて刃を抜き、夜叉を斬った。

 刃が皮膚に触れるまで、夜叉は動かなかった。刃が一寸弱ほど肉に入った所で、斬られたことに気づいたのか、手刀を素早く刀身に当てて刃を叩き折った。

 すぐに反撃が来るかと思い飛び退いたが、夜叉は目を見開いているだけで追ってこない。


「何をした。」

抜刀の反動で貫くような痛みがジンジンと強くなり、言葉を発せないでいると、夜叉はカッッと目を見開いて大声を出した。


「何故先ほどよりも速いッッ!」

その声が骨身に響いて辛い。

「雲雀、もう一度、動けるか。」

「ああ。」


「どれくらいだ。どれくらい、奴の速度を落とせばあの首を取れるッッ!」

「人間くらいの速度まで落としてくれるとありがたい。」

「それは無理だが、そうだな、三割ほど遅くしてやるからお前が獲れ。取れなきゃ、俺が代わりにとってやる」

「頼みます」


 体力の回復に励む。武者から刀を一差し貰う。先ほどの大きな動作のせいで怪我の部位が悪化した気がする。さっきは三発やれると言ったが、無理だ。あと一発で限界だろう。


 鉄砲を構えていた武者が、一発、銃弾を夜叉に当てた。同時に小十郎の脇腹からも血が吹き出た。自分ごと打てと指示を出して、成功したは良いが、失敗したら戦況が一気に悪くなっていた手だ。よくもまあ、あんな手を考える。あの人は少し頭がいかれている。だが、今は、そうじゃなきゃ夜叉に勝てねえ。


 夜叉の右腕が撃ち抜かれて、赤色の血がバッと散った瞬間に、清正がその背中を狙って距離を詰めた。

 躱して、振り返り、一発の蹴りが清正を襲った。清正は夜叉の蹴りを躱さず、刀で受けて、夜叉の足に傷を付けた。だが、代わりに清正のあばらが折れた音がした。

 清正が退いたとき、3人武者が鉄砲を撃った。だが、射線が見抜かれていたのか、夜叉は銃弾を避けた。


 そして、一瞬で鉄砲を持った武者を殺した。

残るはあと、5人、そのうち一人は俺に刀を貸していて丸腰である。夜叉の速度はまだ一割ほどしか落ちていないが、大丈夫なのか。


 ずっと、止まっていた斎我が夜叉の前に行く。一対一を申し込むつもりなのだろうか。だが、先ほど負けたのだから、また同じ手は効かないだろう。

どうするつもりなのだろうか。


 斎我は、夜叉へ斬りかかる。当然、夜叉はたやすく避けて、斎我へ殴りかかる。胸骨に一発受けたが、一瞬止まっただけでもう一度斬りかかる。また避けられ、今度は左脇腹に蹴りが入りよろける。刀が手から離れて部屋の隅へ転がっていった。そこへ夜叉が顔目掛けて蹴りを入れた。


 斎我は一度踏ん張ったあと崩れるように、ふらっと倒れながら前傾した。夜叉の蹴りの軌道上から斎我の頭が逸れた為に、斎我の頭の上で足がピタリと止まり、そのまま踵落としの動作に入った。


 踵が大きく振り上げられると同時に斎我が夜叉の方へ倒れ込んでいく。夜叉の踵が降り始め、あのまま地面へ叩きつけられるかと思ったとき、斎我が一瞬妙な動きをした。

 踵が斎我の背に落ちようとしていると、突然斎我の動きが変わり、夜叉の軸足に懐から出した小刀を突き刺した。

「餓鬼、あとはお前が斬れ」


斎我の背中に夜叉の踵が落とされた。


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