第34話 裁判(1/2)
「これでもただの女か?」
「いや、ああ、そうか――――」
もの言いたげな表情は、視線を小十郎からわたしに移すと冷たく変わる。
「その女が犯した罪科を述べよ。」
わたしのそばに居る武者共に言葉が投げられると、
清正が一歩前に出て発言した。
「飛騨の山麓にて、空木雲雀を殺害している。その後逃亡し消息を絶った。そして、城下町にて、5人の人間を殺害した」
勝手に罪がでっち上げられていく。
「デタラメだ!わたしは誰一人殺していない!」
「おぬしには聞いていない」
このままじゃ、嘘が本当になってしまう――――
「わたしは城下町で鬼の目撃があった日時ずっとこの城の中にいた!そうだ!門衛に確かめてみれば良い!この城から出ていない事をきっと証明してくれるはずだ!」
周囲を見渡して門衛を探した。野次馬が邪魔だ。必ずいるはずなのだ。そしてちゃんと証明してくれるはずだ。だって俺は無実なのだから。
「門衛を探してこい」
刑部卿が家臣にそう伝えた直後、小十郎が口を挟んだ。
「門衛が見てねえからと言って、出ていないとは限らねえ。なんせ妖怪だ。闇の中に紛れて気付かれずに出入りするくらい出来るはずだ」
「そんなの狡いだろッッ!」
小十郎の卑怯な論法が頭にきて怒鳴ったとき、周りの武者が一斉に刃をわたしに向けた。動けず、その場でじっと小十郎を睨んでいると舞台から声がした。
「弁明を続けよ。」
それに応え、わたしが必死に己の無実を明かそうとしたのを、小十郎は再び遮った。
「もう面倒くせえ事は無しにしようぜ。コイツを殺してみて城下の鬼が消えればそれでいい。消えなかったらキッチリ捕まえればそれで終わりだ。」
その言葉を聞くと、突然刑部卿が怒鳴った。
「馬鹿な事を抜かすなッ!正義は法の下に有るのだッッ!」
だがその声は、小十郎の怒鳴り声に掻き消される。
「鬼に法などいるものかッッ!」
空を穿つかのような声量に、辺りから音が消えた。
静寂の中、小十郎は言う。
「貴様らは鬼に何人の人間が殺されてきたのか忘れたのかッッ!
前に出ろ!鬼に情けを掛けるやつは俺がぶった切ってやるッッ!」
小十郎が鋭い眼でわたしを睨む。そっとその手が脇差しに伸びる。一気に引き抜こうと手が一瞬微動したとき、雄々しい声が降りてくる。
「頭を冷やせ小十郎」
舞台上から聞こえたのは――――。小十郎と共に見上げると、そこに、小宮斎我が立っている。
「人を治めるには正義がいる。剣を振るうには信念がいる。怒りに染まった剣でその女を斬ればお前の信念が汚れるだろう。いいか小十郎、お前は隊の頭だ。頭は正義を体現せねばなるまい。然もなければ部下は離れていくぞ。刑部卿に従え。ここでは法が正義だ」
「はッ……!」
頭を下げた奴の肩が震えている。まだ、怒りが消えていないのだ。
「遮ってしまった。弁明を続けよ。」
「あの、私見ました!」
野次馬の方から女の声がした。少しして、前に出てきたのは葵だった。葵は一度わたしを見て微笑んだ。そしてすぐに刑部卿の方を向いて頭を下げた。
「おぬしは、確か縫殿寮の」
「はい、縫殿寮の長官を務めております。名を葵と申します。」
「やはり。して、葵どの、一体何を見た。」
「私は雲雀と同じ部屋で生活しておりました。当然、城下に鬼の出た夜も。先ほど、城下で鬼が出たという話を聞き、その日付と記憶を照らし合わせてハッと思い出しました。
雲雀は丁度その日、夜中に部屋を抜け出しております」
「は?」
俯きながら動かしているその口元が、三日月のように歪んだのを見た。
「それはまことか!」
「左様でございます」
全てを言い終えると、葵はこちらをもう一度見て、笑った。
口元を袖で隠しながら、まるでアザミのように。
「嘘だ、俺は――――」
後ろ頭を誰かが蹴った。前に転げて砂利の上に顔をぶつけた。起き上がると、頬がヒリヒリと熱くて、触ってみると血が滲んでいる。
後ろを振り返ったときだ。何か金属が落ちた音がした。その音の方へ視線をやると、そこに金色の簪が落ちている。
ハッとして髪に触れるとほどけた髪が手に当たった。そして、誰の声も聞こえないのに気が付いて見渡すと、皆が一様に唖然として、わたしを見ていた。
「正体を現したみてえだな」
小十郎の血走った笑顔が鮮明に見える。
無数の刃が俺の喉に迫っている。
まずい――――
「判決を言え刑部卿ッッ!」
「死刑場に送れ」
「ほう」
「その鬼を死刑とする。」
ああ……ああ――――
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