第25話 おままごと


 ちょうど玉結びをして縫い物を一つ終えたとき、誰かが「雲雀はいますか。」と言ったのが聞こえた。声の方を見ると、縫殿寮の入り口に見知らぬ女官が立っていて、同僚と何やら話をしている。

 わたしに気付くと、二人はわたしを手招きするので、そちらへまでいくと、同僚は「あんたに話があるそうよ」言って離れていった。


 残った女官に何の用かと聞くととにかく付着いてきて欲しいと言うので、わたしは縫殿寮を出て、二の区画から本丸へ行くその女官の後ろについて歩いた。


 本丸の門を通って御殿に上がると、女官は北の方へ歩いて行く。北にあるのは後宮であるから、誰かから呼び出されたのだろうか。もしかして、あの蛍狩りで葵と対立していた上臈かしら。頼むからそれだけはやめてほしい。アザミだけでも怖いのに、もうひとりアザミのような上臈が増えると思うとぞっとする。


 案内されたのは、貞観殿の部屋の前だった。確か姫君のご居所であるが、わたしを呼んだのは姫君だったのだろうか。

「雲雀を連れて参りました。」

女官が部屋の中にそう話しかけている横で、一人ワクワクしながら待っていると、部屋の中から「入りなさい」と紫陽の声が聞こえてくる。

わたしたちが部屋に入ると、部屋の中には姫君と紫陽、そして一人の幼い少女がいた。大臣の娘でも預かったのだろうかと思いつつ、わたしを呼んだ訳を聞かされるまで何をしようにも何も出来ないので説明があるのを待った。


 しかし、紫陽と姫君はその女児にあの女性が雲雀よと言うばかりでわたしに何も説明をくれない。


 意味もわからず突っ立っていると、わたしの名を聞いた少女が、「ひばり、ひばり」とわたしに寄ってきたので屈んで目線の高さを合わせてやると、わたしの手を引っ張って、「遊ぼう?」と愛らしくねだってきた。


 その可愛らしい振る舞いについ笑みがこぼれて来て、「はい、はい」と答えつつその少女の袖を引くのに従ってついていくと、何体かの雛人形や御殿の簡易模型やら、女性の化粧道具やら男の烏帽子などがあった。


 女児から、はいと一つ人形を渡されたので受け取る。女児はえっとえっとと呟きながら御殿の模型やらを並べて準備しているので、その様子をそばで見守っていると、傍らから紫陽が話し掛けてきた。


「突然だけど、若菜様の相手をして差し上げなさい。」


 わたしが手に持っている雛を見た後、紫陽を一度見返して

「わたしは、雛遊びをした事がないのですが、よろしいのでしょうか」

と懸念を伝えると、女児を見つめて微笑んだまま、

「難しい遊びじゃないから大丈夫です」

と言った。


 わたしは紫陽が笑うところを初めて見たので、何度か目を瞬いて紫陽を見つめたが、わたしの目線に気が付くと、何ですか。と言って無表情に戻った。


「お姉ちゃんはこれっ」

 若菜様がもう一つの人形を姫君に渡した。わたしはまじまじと若菜様の顔を見た。ああそうか、確かに似ている。姫君の妹君であられたのか。


「私はどんな役をするの?」と姫君に聞かれて、少し考えた後で、「お姉ちゃんは、ひばりのいいなづけの大きな武家のむすめで、ひばりは武家の若いお侍さん。それで、それで、わたしは町娘で、だけど、ひばりの本当のおよめさん!」


 まだ6つぐらいだろうに、もう三角関係だの略奪愛だのを知っているのか。わたしが餓鬼の頃は、まだ愛だの恋だのを知らなくて、この胸の感情がなんなのかさえわかんないままでいたのに。


 女の子は中身の成長が早いのだなあとただ感心していると、「ひばり、ひばり」と若菜様がわたしの人形のそばに自分の人形を近づけた。もう、雛遊びは始まったのだ。


 若菜様の相手をしている内に、なんとなく、若菜様が考えていることが分かってくる。


どうやら、

 わたしは、本当は町娘と結婚したいのに、しかし、家のしがらみや、大きな武家の娘のわがままのせいで、町娘との仲を引き裂かれようとしている。町娘は、若い侍と恋仲にあり、近い将来結婚するはずだったのに、突然、武家の娘が現れて侍を奪われてしまう。武家の娘は、ずっと許嫁と聞かされていた若い侍と結婚するものだと思っていたし、他に恋人もいないので侍を奪おうとする――――という設定らしい。


「わたしをすてるの?」

「絶対、そんなこと在りません。わたしは必ずあなたと結婚します」……


「私は許嫁よ。他の女と結婚するなんて許さないわ」

「わたしには心から愛している人がいますから」

「私だってあなたを」……


 ただの遊びなのに、姫君が時々本当に怒ったようにわたしを見るので怖かった。しかし、若菜様から姫君へ少しでも揺らぐような態度をとれば、若菜様は泣きそうな顔をするので、わたしは姫君に心無い冷たい言葉をかけねばならない。わたしはその言葉をかけるたび、一瞬遊びであるということを忘れて、現実に波及しやしないかと背筋が寒くなった。心の中で、何度謝ったかしれない。


しかし、雛遊びももうすぐ終わりそうだ。最後は、町娘と結ばれるだけ。


「おはなしはなんですか?」

「これを受け取ってもらえませんか。」と言って櫛を渡しながら、ぺこりと人形の頭を下げさせて「結婚して下さい」というと、若菜様は「はい」と言ってわたしから櫛を受け取って、わたしの人形と自分の人形をくっつけた。そうして雛遊びが終わった。


 やっと終わったと思って曲げていた背中をグッと伸ばすと、若菜様が「ひばり!」といって抱きついてくる。いきなりだったから焦って抱き留めると、突然姫君がわたしの胸から妹君を奪うように引き剥がして、代わりに自分が抱きしめた。そしてすぐにムッとしたような表情でわたしを見た。


 わたしはすぐに気が付いた。若菜様はわたしのような身分の低い者が触れて良いような相手ではないのだ。とんでもない失態を演じてしまった。唖然として、ペタリと尻を床に付けたとき、紫陽の声が頭の上から聞こえてきた。


「雲雀」と名を呼ぶのを聞いて、わたしの首が今ここで飛ぶと直感した。すぐに振り返ると、紫陽は驚いたような顔をして、「急に振り返って、どうしたのです」と聞いてきた。今度はわたしが驚いて、混乱して上手く応えられないでいると、落ち着きを取り戻した紫陽が「付いてきなさい」と言う。なので、わたしは姫君と妹君に頭を垂れ退室の口上を述べた後、紫陽と共に部屋を出た。


 貞観殿を出た後、廊下を進む紫陽の後ろを付いていくと、北庭のそばの縁側で紫陽は立ち止まってわたしの方に振り返った。


「雲雀、話があります。」


「はい」


クビだろうか。



「わたしの侍女として、歌合わせに参加しなさい。」


真逆の話だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る