第16話 試験(1/2)

 城下町は外から外堀、中堀、内堀と仕切があって、3区域に分れている。中央に行くほど身分が高い人物の邸宅が集まっている。

 外堀と中堀の間に広がる城下町には商店や下級武士の家や寺社が並んでいる。

 中堀と内堀の間には重鎮の大きな屋敷が並んでおり、わたしはこの区域を高級屋敷町と呼んでいる。

 内堀の中には城があり、中ノ國を治める小宮家が住んでいらっしゃる。


各領域の間には、堀を渡る為の橋が架かっている。特に高級屋敷町から城へ入る際、門衛に許可を得ねばならない。


 御ババから受け取った桜柄の着物を着て、橋の前まで来てみると、案の定、橋の向こう側で2人の門衛が赤い朱雀門の所で立っていた。門衛と顔を合わせずに中には入れたら良いのだが、わたしの背より大きな城壁が城を囲っているのでこの門を通るより他にない。


 橋を渡って門の前に来ると2人の門衛がわたしに「何用か」と問うてきた。

「城で働かせていただきたいのです。」

「紹介はございますか」

「ありません。」


門番は2人で顔を見合わせて、困ったような顔をする。わたしのそばにいた1人が、言葉を選びかねるように話し出して、微笑む。


「紹介がないと、働くことは出来ないんです。えっと、身元の確認が出来ないですから」

「しかし、わたしには、紹介してくれるような方がおりません。」

「ご両親は」

「母は農家の生まれ、父は武士をやっておりましたが、どちらももういません。」

「なんという……」


勝手に死んだことにした親父とお袋に心で詫びながら門衛に言い訳すると、門衛はわたしの話をすっかり信じて心を痛めているようだった。申し訳ないが、俺だって手段を選んでいられないのだ。


「これまでは、どこにおられたのでしょうか。」

「五ノ村でございます。このお城で働きたくて、遙々歩いて参りました。」


わたしの話を聞くと、2人は互いに顔を見合わせてどうするかと話し合い始めた。


「不憫だ。何とかしてやりたいが、紹介がないと入れて良いか分からぬ。そもそも農家の娘を入れて良いのか」

「身分の低い者が入れない場所は本丸だけだ。二の区画には、まあ、良くは無いだろうが入れないわけじゃない。」

「紹介が有ればそうだが、今は紹介が無いのだ。」


「紹介が無くとも女官長殿がお認めになればいいだけだ」

「紹介の無い娘を紫陽様が認めるわけがないだろう」

「ケチばかり付けやがって。本当に何とかしてやりたいのか。」

「なんだと!」


喧嘩を始めそうだったので、わたしが割って入って、2人を離した。離した後で、片方にどうしても働きたいと頭を下げた。すると、頭を下げた方ではない1人がもう一方を押しのけながらわたしの前に出て来て、話を通してみようと頷いた。

「お前はこの娘が城に入ることに反対していただろうが。話は俺が通す。俺に頼んでいるのだからな。」

今度は押しのけられた方がわたしの近くに割って入って言ってきた。

 また喧嘩になりそうなのでどうしたものかと困っていると、片方が突然お前、報告してこいと言って譲った。

「最初から俺に頼んでいたのだからそれが筋というものだ」と言って門から離れていった門衛の後ろ姿が見えなくなると、譲った方がわたしに話しかけてきた。


「もしも困ったことが起きたら、ぜひ俺の元へ気軽に訪ねてくるといい。俺の家は城下町の東の一丁目にあって、ちょうど家の脇に柿の木が植えてあるのでそれが目印になるはずだ。」


そうかと頷いていると、門衛が一歩近づいてくる。


「実は、俺の元に家の決めた相手との縁談が来ているのだが、少々困っていてな。もしよければ、俺の両親に嫁のふりをして会っては貰えないだろうか。いや、その、もちろん君が良ければぜひ、嘘では無く本当に結婚を――――」


 わたしが圧に引いて頬を引き攣らせていると、話を通してみると言って奥にいった門衛が戻ってくるのが見えた。


「戻ってきたみたいだ」と近くに寄ってくる門衛から離れつつ教えると、そちらの方を見て軽く舌打ちをする。

舌打ちが聞こえたのか聞こえなかったのかは定かでは無いが、小走りで城の中から戻ってきた門衛がわたしのそばにいる一人を一瞬睨んで、その後わたしの方へ笑いかけてきた。


「入って大丈夫です。女官長がお会いになりたいと仰っていました。試験をするとか。」


 入る許可を得て、促されるままに城の内部へと進んでいく。城内は『回』の字のように、外側から二の区画、本丸と区域が分かれていた。二の区画には、様々な建物が碁盤の目のように整理されてそこら中に立ち並んでいる。門衛に聞いてみると、どうやら整然と並んでいるのは官公庁のようである。


 二の区画を過ぎて、本丸までやって来た。本丸の周りも城壁で囲われていた。もう一度門をくぐり本丸の中に入ると、御殿が眼前に現れて、その前に一人の女官らしき人間が待っている。27、8程度の齢だろうか、とても大人びて、静かで、纏う空気が鋭い。女官が門衛を見ると、わたしを導いていた門衛は頭を下げた後去って行く。二人の挨拶が終わった後、女官の前に立ち頭を下げて名を名乗った。


「雲雀と申します。小宮の姫様にお仕えしたく参上いたしました。」

紫陽しようです。付いてきなさい。」


 その声音は冷たく表情は怖い。あの愛想の無い無表情にこれから試験を課されると思うと身体が強張ってくる。無意識にあの背中に付いていくのを躊躇ったのか、歩が遅れた。するとすぐに振り向いてその冷たい目で睨め付けてきたので、急いでその背中を追いかけた。御殿の中に入っても、彼女とわたしの間に漂う静寂は変わらない。


縁側の廊下を歩いていると、ある部屋の前で止まった。紫陽しようがその部屋の中へ入っていくので、わたしも追いかけて中に入った。

 畳が一面に敷かれている広い部屋である。一応、壁際に彫刻や書が飾ってあるが、絵や花など装飾は無い。

部屋の中央にポツンと一つ文机が置いてあって、その上に紙と筆が置かれている。


紫陽がその文机の座布団の上に座ると思っていたので突っ立ったまま彼女の座るのを待っていたが、紫陽は一向に座らず、わたしの方に身体を向けて話し始めた。

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