第15話 城下到着(2/2)

「お前さんの着物が出来るまで大体7日くらいかかるからその間はそいつを着ておきな。」

「分かった。ありがたい。」

「採寸は終わったから、次は、着物の柄だ」

「柄はこの着物と同じでいい。」

「そうかい。」


「これで足りるだろうか。」

足下に置いていた風呂敷包を開けて銭を溜めた壺を渡す。御ババは銭を出して数え上げ、「足りないね」と言った。


「この刀を預けるから、金を収めるのを待ってくれないか。」

「お前さん、いいのかい。コイツは大事な物じゃないのかい。」

「あいにく、持ってるもんはコイツしかないんだ。」

「じゃあ、お前さんが払えないようだったら、コイツを貰っていいんだね。」

「おい、御ババ、絶対売るなよ。コイツはこの店の呉服を30枚は売らないと買い戻せない代物なんだからな。」


「うるさいね。嫌だったらちゃんと金を持ってくるんだよ。」

本当に売っちまうんじゃないか。と不安になり、刀を渡すのを躊躇うと、貯金壺を返してきたので渡さざるを得なくなる。貯金壺と刀を交換した後に、壺を風呂敷の中にしまっていると頭の上から声がした。

「それで、お前さん、行くところはあるのかい。」


風呂敷を閉じ終えて、ちゃんと答えるためにもう一度立った。前までは俺より小さかったのに、今では同じ位だ。


「姫君のいる城へ行くつもりだ」

「どうしてだい。」


「姫君のそばに行きたい。そして、俺が生きていることを伝えたいんだ。」


「どうやってさね。お前さんが気軽に会えるような人じゃないよあの人は。」

「城で働いていれば、きっと会えるはずだ。」


 大真面目に答えたのに、婆が吹き出すように笑い始めた。

「お前さん、城で働くつもりなのかい!あはは、お前じゃ雇って貰えないよ!いいかい、あそこで働く為にはねえ、教養ってものがいるんだよ。お前さん、剣術以外からっきしじゃないの。諦めるんだねえ。」


御ババが俺を馬鹿にするのが何だか悔しくて、言い返す語気が強くなる。

「女官はそうかもしれないが、俺にだって女中の仕事くらい出来る」

「女中なんかじゃ一生姫様にはお会いすることは叶わないよ。」


いつまでもクスクスと笑っている婆に腹が立ってムスッと黙りこんで背を向けていると、婆が断りもなく、髪の毛に触れて、かんざしを抜いた。


「まったく、宮仕えしようというのに髪一つ満足に結べないでどうするんだい。教えてやるから覚えていきな。」


角に気が付かず、俺の後ろ髪に触れている。後ろ髪に夢中な婆の目線が角へ行かないようにしないとまずいので、必死で辺りを探した。何か角を隠せるものは無いかと。風呂敷に目をつけて、こっそりと、風呂敷の端へ足を伸ばして指で摘んだ。そのまま、上に乗っている貯金壺を倒さぬように、慎重に足を動かして手近に引き寄せる。婆が俺の髪を櫛で梳かす間に何とか風呂敷を手に入れた。俺は気配を殺して風呂敷を頭の上にのせて角を隠した。そのまま風呂敷が風で飛んでいかないように、風呂敷を押さえた。


「お前さん、何やってるんだい」

髪を梳かし終えたと思ったら、俺が頭の上に風呂敷を載せていることに気が付きやがって、「邪魔だよ」と言って風呂敷の端を引っ張ってくる。

それに全力で抗いながら、「早くしてくれないかっ。」と急かすと、

「ならさっさとそいつをどけるんだよ」と言って向こうも対抗してくる。


「どけなくても出来るだろ。」と強く言うと、「チラチラして鬱陶しいんだ。」とうるさい。


「早くやらないとこの店のババアに虐められたって言い触らすぞ!」

婆の引っ張る力がだんだんと強くなるのに耐えかねて悲鳴のように叫んだ時、

「生意気言うんじゃないよ!」

婆が遂に俺の風呂敷を剥ぎ取った。風呂敷が外れる瞬間、風呂敷の端を握っていた手で角を隠した。


角を手で覆ったまま恐る恐る振り向くと、婆はかんざしを持ったまま、前向きなと静かに言ってきた。前を向くとまた俺の髪を弄り始めた。

「いいかい。髪を結うのはねえ――――」


婆の話が耳に入ってこない。ほとんど上の空である。ドキドキと胸が拍動を打つのがうるさくて、話に集中できないのだ。そんな俺に言って聞かせるのを辞めないで、婆はシュルシュルと俺の髪を束ねて後頭部で団子状にまとめた。


「ほら、鏡だよ。こうやるんだよ。」

俺を鏡台の前に座らせて、もう一枚の鏡で後ろ頭を見せてくる。

俺の髪と婆の髪を見比べると、同じ結い方になっている。、何十年も同じ動作を繰り返してきたのだろう。綺麗にまとまっている。


「私も若いときはお前さんぐらい綺麗だったんだがねえ。」

「そうか。」

御ババが嘘くさい話を始めたので、遠くに投げられた風呂敷を拾いに行った。風呂敷を拾って、また荷物を風呂敷に包んでまとめた。


「ありがとう、御ババ。着物をまた7日後に取りに来る。」

「そうさね。まあ、気をつけて帰りな。」

御ババが立ち上がって、刀を残しまま小部屋から出て行くので、その背中に声を掛けて刀を渡した。

「御ババ、刀だ。」

「ああ……」


御ババの掌の上に刀を載せたとき御ババの顔が一瞬陰った。それを見て、やはりそうかと分かった。だから、一歩離れて正座で座り居住まいを正した。俺の動きに戸惑っている御ババに、静かな声で言う。

「本当は見ていたんだろう。」


「何のことだい。」

視線を俺から外して、とぼけたように言う。

「角のことだ。」

「知らないねえ。」

とぼけ続ける御ババに、俺は頭を下げた。


「お願いだ。俺が、鬼に変えられたことを誰にも言わないで欲しい。俺は鬼のように人を襲ったりしない。信じられないのなら、その刀で俺の首を斬っていい。俺はその覚悟でこの刀を預けたんだ。」


「私に人殺しをしろって言うのかい。お前さんは酷い奴だねえ。分かったよ。お前さんのことは誰にも言わない。だからといって、助けもしないよ。鬼に着物を貸してやったなんて知れたら不味いからね。いいかい、私は何も見ていない。それだけだ。」

「ああ、それでいい。」


俺が風呂敷を持って店の口まで歩くのに御ババは付いてくる。

「お前さん、ずいぶんと卑怯になったものだね。」

「何がだ。」

「泣きそうな顔して振り向いたじゃないの。あんな顔されちゃあねえ。」


羽毛で敏感な所を撫でられたような恥ずかしさで、顔がボッと熱くなる。婆に見られるより早く赤くなった顔を背けて、慌てて婆から離れて歩く。そのままさっさと店の口へ歩いていって靴を履いた。


婆は俺の顔をこんな風にした癖に、呑気な様子で付いてくるから憎らしい。


店から出る時、後ろの婆から声がかかった。

「宮仕えするなら言葉遣いを直しな。『俺』だなんてとんでもない。」

さっさと店を出て、宿を探しに行った。


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