第13話 放浪 終(2/2)
きりきりと胸が痛むのは、折れた肋骨が神経に触るからだろうか。浪人はこのほんのりとした寂しさを抱えながら、あてもなく流離って居るのだろうか。初めてのことでよく分からないが、これから慣れていかなければならないな。
風に流される凧のように、ふらふらと人の間を歩いていき、俺は風呂敷を背負ってすぐに村を出た。村を北の口から出た後、東にある野山を見て、何となく寄ろうと思いたった。
野山を登りながら、家族のことを考えた。姉貴2人のうち、長女は婿を迎えて家を継ぎ、次女は町の着物屋に奉公に出て、また、兄貴はこの田舎から商家へ奉公に出て、皆それぞれ上手くやっているというのに、武家へ奉公に出た俺だけが、今ではとんだろくでなしだ。
ろくでなしという言葉の響きが何だか可笑しくて、クスクスと笑っている内に開けた場所に出る。そこはあの日姫君を見た高原だ。秋になれば周りの景色が紅葉で色とりどりに染まってその格別な景色を拝むのに良い場所なのだが、今はまだ3月初めなので残念ながら周りの木々に繁る葉は青々とした新緑だ。
俺はそこで腰を下ろして、青々とした木々と、その上に広がる中ノ國の鳥瞰図を見ている。吹く風が先ほどより冷たいなと思いながら、この鳥瞰図のどこに行こうか考える。今は目が凄く良いおかげで、ちょうど隣の國の京ノ國にまで視界が届いて楽しめる。
そうだ。どこにも行く場所がないのなら、何処までも行ってみてはどうだろう。日本にある7つの國をどの順番で回ろうか――――
かんざしを左手で触りながら、そんなことを考えた。楽しかった。だけど、同時にどうしようも無く虚しかった。なんでこんな気持ちになるのか分からなかった。苛立ちをぶつけようと、立ち上がり、足下の石を拾って遠景の方へ思いっきり投げつけたとき、白い紙包みが懐から落ちた。
ハッとして紙包みを拾い上げると、中から、薄桃色の紙がこぼれるように出てくる。それを見て、自分は姫君の手紙を今まで忘れていたのかと唖然となる。
唖然としたまま縋るような気持ちで紙を開ける。
しかし、紙には何も書かれてはいない。墨が滲んで紙の汚れになっている。俺が水に落ちたとき、墨の文字が消えてしまったのだ。
思わず、紙を落とした。自然と頬に涙が伝っていた。涙を拭いながら、俺は自分が何のために刀を振るってきたのか思い出した。
武術大会で優勝し御前に参ったとき、「俺は貴女の刀になる」と姫君に誓ったはずなのに、俺は何をしていたんだろう。
傍らに置いた刀を拾い、鞘から抜いて、刃で空を斬ってみる。数え切れないくらい繰り返したこの動作を忘れて、俺が生きていけるわけがない。現世に行く場所がないのではない。行くべき場所を忘れていただけだ。俺の行くべき場所は姫君の元を置いて他にない。彼女を守る刀になる道を歩むことをここで初めて心に誓ったじゃないか。
俺は刀を腰に差し、風呂敷を背負って野山を下りた。そして、姫君のいる南西の城下町へ向かった。
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