第12話 放浪 終(1/2)


 平野に引かれた一本道をのろのろと歩いていると、後ろから車輪の回る音が聞こえてきた。後ろを振り返ると、馬に荷車を引かせて歩く一行が俺と同じ道の上にいる。向こうは遠くて俺の角が見えないようで、俺が振り返って顔を向けたのに逃げ出さない。


 そうだと思いついて、握りしめていたかんざしを見た。かんざしで髪を留めれば本当に角は消えて見えるのか試そう。女がやるように、後頭で長い髪をまとめてかんざしで留めようとするのだが、手こずっていたせいで、やっとかんざしが髪をまとめた頃には一行がすぐそばまで来ていた。


「そこの綺麗なお嬢ちゃん、あの村に行くのかい」

馬を引いているおやじが俺の顔を真っ直ぐに見てそう声を掛けてくる。ドキドキしながら様子を窺うが、おやじの顔は青白くならない。おやじが俺に声を掛けると、荷台の後ろに付いていた男共が顔を出して俺を見た。恐る恐るそちらに顔を向けても、驚き慌てる奴はいない。


「荷台に乗りな。連れてってやるよ。」

「いいのか?」

「ああいいとも。さあさあ」


 男共の言うままに荷台の前方にある腰掛けに座った。馬が尻尾を振り子のように振っているのを見ながら、おやじたちと幾らか話した。自分の事をあれこれと聞かれたが、どう答えればいいか迷って、曖昧な返事を返すほか無かった。馬車が村へ着くまでずっと、馬を引く男共の姿を眺めていると、俺の方を見て時々照れたように頭を掻いていた。その様子を見て、女はいつもこういう風景を見ているのかと不思議だった。


 村の中に入って、彼らと別れた。数年ぶりに訪れたこの村の風景は変わって無くて、懐かしさにほうっとため息が出る。村に入って、田畑だらけの風景を眺めながら道を歩いて行くと、俺の家がある。家の前まで来て、縁側に誰もいないので扉を叩いた。扉が開く瞬間を、期待して待った。行き場をなくした俺を迎えてくれる事を期待したのだ。


 扉が開いた。扉を開けたのは姉貴だった。俺が武家に奉公に出てからずっと会っていなかったから、子供の頃の面影から姉貴だと分かるが、少しその変化に驚いた。


「姉さん、あの」

何も考えて無くて、オロオロとしていると、姉貴は首を傾げながら俺に言う。

「あんたは誰?」

「えっと、雲雀の…その…」

どうやって事情を説明したものか戸惑っていると、姉貴は合点したように何度か頷いて言う。

「あんた、雲雀の嫁かい」

「そうじゃなくて」

「ああそうだね、アイツは結婚してなかったから、まだ、婚約者だね。入りな。挨拶に来たんだろう?」


 姉貴が家の中へ戻っていくので、履き物を玄関で脱いでその背中を追いかける。縁側を歩いて座敷へといく姉を追いかけているとき、姉貴の服装が喪服であることに気が付いた。誰かが死んだのだろうかと思っていると、座敷の襖を開けて、その奥にある仏間へ姉貴が声を掛ける。

「雲雀の婚約者が来たよ」

すぐに足音がして、少し老けた両親が仏間の戸から顔を出した。二人も喪服姿だった。



「雲雀に婚約者が居たのか。まあまあ、綺麗な娘じゃないの。あら、そのボロボロの着物はどうしたんだい。」

「ここまで歩いてくるときに、破けてしまって。」

 母が俺を見て訝しむので、何を言えばいいか少し困る。俺は雲雀だと言うべきか、それともこのまま誤解を解かず、雲雀の婚約者として通すべきかまだ決めかねている。


「喪服はどうしたんだい。」

「誰か死んだのか。」

「誰って、あんたの夫が死んだんじゃないの。」

俺の夫……?

「あんた知らないのかい?」

母が呆れたような顔をして言う横で、おやじが口を挟む。

「この娘が城下町を出て、ここへ来る間に雲雀が死んだから、知りようがなかったんじゃないか。」

「ああ、そういうこと」


 母が納得したように頷いているそばで、耳を疑った。おやじの口から出た言葉が信じられず、聞き間違いでは無いだろうかと頭の中で反復して確かめてみるが、他に意味を取りようのない言葉である。雲雀が死んだ?俺はここにいるじゃないか。いや、ああそうか、清正と小十郎が、俺が鬼になった日に俺を袋叩きにした後で町へ戻り俺が死んだと報告したのか。


「雲雀はまだ死んでいない」

 誤解を解くために三人にそう言ったが、三人は首を振ってもう死んだんだよと俺に言う。


「雲雀のために線香を上げてくれるかい。」

促されるままに俺は座敷の隅にある簡素な仏壇に線香を上げて、手を合わせた。自分に線香を上げるのは初めてなので、何を思えばいいのか分からない。


 俺がもう一度雲雀は死んでいないぞというと、俺の言葉を無視して、両親は奉公先から送られてきた俺の荷物を今ここに持ってくるからと、俺を座敷で待たせて部屋から出て行く。朝飯を作るからと姉も出て行き座敷でひとりぼっちになる。

 俺はぼんやりとそれを待ちながら、そういえば姉の旦那はどこにもいないことに気が付いた。

3年ほど前に、姉が婿を迎えたことを聞いていたが、どういうわけだろうか。


 親父とお袋が座敷に戻ってきて、俺の前に色々と荷物を置いた。俺が大切にしていた刀や刀の手入れ道具も届いていて、また幾らかばかり金を溜めた貯金箱もそこにあった。二人は俺に、

「これらは君に渡そう」と言ってきた。


 結婚もしていない娘に全ての財を渡そうという気前の良さに驚いて、元々俺の物なのに、

「いいのか」

と聞いてしまった。すると2人は俺を見て、「ずいぶん雲雀のせいで苦労したんだろう」と訳の分からぬことを言うので、どういうことか聞き返すと、女用の着物一つ買って貰えなかったんだろうと、男用の着物を着ている俺に言ってきた。


「情けない奴で済まない」と俺の所業を俺に謝罪する両親に対して、俺の名誉を守るためにそうじゃないと言うのだが、2人の中には子供の頃、言うことを聞かなかった悪印象がまだ深く根付いているようで、俺の弁解を一切聞かない。だから、強引に話題を変えようと、俺は姉貴の婿殿について尋ねた。

すると、2人は旧知の人を語るように、婿殿のことを語った。


「今は、町へ用事があって出ているんだけどね。」

母親がそう言ったこと以外、俺は2人の話をあまりよく聞かなかった。2人が姉貴の旦那を語る口調から、わざわざ話を聞かなくてもどんな関係なのかが分かったからだ。

俺は家の間取りを数える。空いている部屋は一つもない。それを確認して、姉貴の夫婦と親父とお袋でこの家は上手く回っていて、俺がいると邪魔になるだろうなと思った。


「その包帯はどうしたんだい。」

 母が心配そうにそう聞くのを、微笑んで何でも無いんだと返した。姉貴の朝食が出来たことを伝える声が土間から聞こえてきたので、2人が俺の怪我について聞こうとするのを遮って立ち上がり、土間へ行って姉貴が飯を運ぶのを手伝った。

 朝食を食べ終えて、俺が食器を洗った後で、すぐにこの家を出ることを3人にいうと、少し残念そうにしたあとで、いつでも来なさいと俺に荷物を渡して送り出すのだった。

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