第9話 放浪

 雷鳴の音で目が覚めた。硬い何かを抱いていた。頬をそれから離すと、それが流木であることがわかった。どうやら水に落ちた後、無意識に泳いで流木につかまったらしい。

そのまま浅いところまで流されて、今に至るということか。


すっかりあたりは闇の中。頻りに鳴る雷以外に明かりは無い。夜まで寝ていて捕まっていないということは、逃げ切れたのか。


 水の中から川辺に移動して、堆積した砂利の上に座る。周りの林が雨風に揺れる音がする。雨が身体に沁みる。風が当たると左足と脇腹の銃創が痛む。その痛みに息を飲むと折れた肋骨が神経に触って思わず息が止まる。


 寒い…寒い……寒い……

火が欲しい。傷を治す薬も欲しい。ともかく、休む場所が欲しい。

早く、立って、この森からでないと……

今休んだら、もう二度と動けそうにない。


 川辺に沿って砂利の上を歩く。上手く左足が動かなくて引きずって歩く。そのせいで一歩歩くたび、肺に骨が刺さったみたいな痛みが走る。俺はもう、長く動けないようだ。


 人の歩いた痕跡を見つけたいのに暗くて上手く見えない。さらに叩きつけるような雨が霧みたいになっている。


視界は極めて悪い。喩えではなく、本当に一寸先が闇である。だが、一瞬光った雷が、林の中に伸びていく一本道を照らしてくれた。天候が俺の味方となってくれている。運がいい。


 この雨が霧を生まなければ、奴らに見つかっていたのだろうかとふと考えて、目の前の闇が急に恐ろしくなった。俺はすぐに一本道を通って川辺から林の中へ入った。


雨風が葉を叩く音がする。ゴロゴロと雷が空で鳴っている。頭に大きな雫が垂れて冷たい。肌に髪がくっついて気持ちが悪い。


 木に凭れながら一時間ほど歩いたとき、俺の足は思わず止まった。山道の出口が見えたのだ。ふわっと身体が軽くなった。頭の中でぐるぐると色々な想いが巡った。


 何本の木々が目の前に現れては視界の外へ消えていったろうか。何歩、俺は歩いてきたのだろうか。色々な感慨が胸の内で泡のように現れては消えてゆく。その感慨は、瞬く間に希望へと移り変わる。少し遠くに村が見えたからだ。ああ、俺は助かるのか。そう思うと不意に笑みがこぼれた。


足が動く。身体が前に進む。もう凭れなくても歩くことができる。痛みなど忘れたまま、俺はその村へと歩いて行った。

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