第8話 変転 終

 無数の銃弾が集まってきた。清正を蹴って遠くへ飛ばした直後だった。一瞬早く射線上から逃れたので致命傷は避けたが、2、3発流れ弾があたり、身体の数ヵ所から血が吹き出た。


 小十郎を堕とさねばならない。指揮系統を潰さねば危険だ。


小十郎に向かっていくと、何人もの武者が壁のように立ちはだかる。そして持っている刀を俺に振り下ろしてくる。その速度は先ほどよりも少し速い。いや俺の認識速度が遅くなっているのか。


 奴らの攻撃を捌こうと刀を動かしていて気が付いた。俺の動きが先ほどより遅い。銃弾が左足と右の脇腹に当たった影響で、上手く力が伝わってないのか。

立ちはだかる武者を殺さぬように仕留める。少しずつ小十郎に近づいている。

小十郎は目の前で武者が次々と倒れ伏していくのに顔色を変えないで、静かに脇差しを抜いて俺を待っている。


 脇腹と左足が痛む。小十郎の飄々とした顔を見て腹が立つ。

雑兵をいくら集めても意味が無いと言っていたが嘘じゃないかッ。

 ああまずい、まずいまずい。これは負けるかもしれない。

じわじわと銃創の痛みが強くなる。加速度的に身体の機能が下がっていくのが分かる。


 このままじゃ死ぬ。早く倒さねば、俺はここで終わりだ。

全力で壁を超えて、遂に小十郎の前に躍り出る。その勢いのままに俺はこの戦で初めて刀を人に振るった。刀は真っ直ぐに兜の乗った頭へ下りていく。なのに、小十郎は避ける素振りも刀で受ける素振りも見せない。なんと、俺の胴を斬ろうとして水平に刃を切り抜こうとしているのだ。


 兜がずれて、小十郎の瞳と目が合う。その瞳には鋭い光が映っている。

ああそうか、小十郎は死ぬ気なのだ。自分の命と引換に俺を殺す気なのだ――――

俺は身体を捻って太刀筋を無理矢理に変えて、小十郎の刃を受け止めた。互いの刀がぶつかって互いの刃が毀れて火花のように散る。


 小十郎の刀の勢いに負けて、横へ身体が飛ぶ。

倒れてはならない。その思いで踏ん張り、銃創の痛みに耐えた。

しかし小十郎は俺の怯んだ隙を見逃さないで、斬りかかってくる。

俺は小十郎の刀をたたき折ろうと迎え撃った。


 そのとき、武者の群をかき分けて清正が横から飛び出てきた。そして俺の銅へ水平に刃を引き抜いた。


 今、同時に2つの刃が迫っている。


どうする!

心で叫びながら、思わず身体が震えた。死の淵が見えたからだ。


 結局、俺にできたのは、清正を蹴って少し勢いを殺すことだけだった。

小十郎の刀と打ち合って、また火花のように刃が毀れた。刃の角度を変えて、小十郎の刀をたたき折った。


 その後すぐ、右の肋骨に清正の斬撃が入る。肋骨が折れる音が聞こえたとき、激痛で吐きそうになる。刃は内に着ていた鎖かたびらのおかげで肉まで届いていないが、破れたときに皮膚と擦れて、血が滲んでいる。


俺は清正が一瞬動きを止めたときにその頭を掌底で打った。脳がうまく揺れたみたいで、清正は受け身も取らずその場に倒れた。


小十郎の刀が折れ、清正が敗れたことで、隊にどよめきが広まる。

俺は囲いの破れた箇所を通って逃げ出した。そのまま、満身創痍の体を無理に動かして、森の中に入った。


 後ろから、俺を追いかけてくる武者の声が聞こえた。時々背後で銃声がなった。幸運なことに弾が当たることはなかった。木々に当たって届かなかったのだろう。

 意識が朦朧とする中で俺はただ前に進んだ。痛みと疲労で体が鉛のように重くなっていった。次第に目が霞んできた。


 ぼやけて、もう目の前にあるものすら分からなくなって、自分の荒い息の音すら遠くに聞こえるようになっても必死に動かしていた足が、地面を踏み外した。

 ハッと一瞬視界が鮮明になる。対岸の岩肌が見える。俺は宙に浮いている。そのまま底へ落ちていく。最後に見えたのは、谷底に流れる大きな河だった。

水面へ落ちた瞬間、俺の意識は寒さの中に消えていった。

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