第4話 夜叉退治4

 部屋の中央で物の怪共に囲われて座ったまま、夕餉を食う様子を眺めている。

蝋燭に灯った赤い火の明かりによって、先ほどは暗くて見づらかった奴らの面がよく見えた。夕餉の間にて夜叉に侍る物の怪には雄も雌も居るようだが上座を占めるのは雄ばかりなのでどうやら身分の高低は夜叉の好みでは無く実力が反映されているようである。


 夕餉の間では、ちょろちょろと侍女が動いて酒を酌んだり命じられた食い物を運んだりと忙しく世話をしている。

 末席にはその影は無いが、上座や夜叉の周りには女の妖怪が侍ってその肩を抱かれながら甘えるような声を出している。大体侍るのは一人であるが、夜叉の周りには6人ほど侍っており、其奴らは時々俺の方を見てはクスクスと笑うのだった。

それは、夜叉に侍る高貴な自分達と、供物に捧げられた人間との間にある身分差を理由にして俺を馬鹿にしているのだろうことはすぐに分かった。

 しかし、どうにも分からないのは、夜叉が女好きだというのに、周りに侍る其奴らに何も反応しないことだ。

何を考えているのか分からない。いよいよ不気味な奴だ。


奴が一瞬でも気を抜いた瞬間その首を切り捨ててやろうと構えているのに、隙を見せる気配が無い。

俺はここまで隙の無い奴をなかなか見たことが無い。そして、ここまでの圧を放つ奴はきっと初めてだろう。

コイツはきっと長引く。いや、もしやその時は来ないかもしれない。


俺が夜叉を見てそんなことを考えていると、夜叉は赤く平たい盃を傾けて、女に酌ませた酒を飲み干した。

盃をお膳に置くと、突然女どもに失せろと言う。女どもは意味が分からないのか、オロオロと戸惑っている。すると、一瞬、強烈な殺気を辺りに放った。女どもはすぐに夜叉に頭を垂れて、右手にある襖を開けて夕餉の間の隣の部屋へ退出していった。


 夕餉の間には、先ほどの騒ぎとは打って変わって静寂が戻っている。夜叉に侍る皆が夜叉の顔色を窺う。

夜叉は辺りを見渡すと、黙り込んだ家臣たちに「今宵は宴だ。何を黙っている。」と言ってほんの少し口角を上げてみせた。すると周りの者は安心したように再び騒ぎ始めた。


 もう一度戻った喧噪の中で、夜叉は俺の方を見据えながらその口を開く。

「近う寄れ。我の酌をせよ。」

俺はその言葉に従い、夜叉の方へ歩いて行く。そばに寄ればそれだけ機が生まれるからだ。

俺は夜叉の左に座り、女どもが酌んだときの素振りを真似て、その盃を酒で満たした。


俺が酌んだ盃を右手で持って、その液面に映る火の明かりを眺めている。

俺がその様子を見ていると、突如左の方から不気味な気配がした。

そちらの方に目を遣るとほんの少しふすまが開いている。その隙間から先ほど身罷みまかった女共が凄まじい形相で俺の方を見ている。俺は思わずゾッとした。そちらを見ないようにと目を背けた。


それからもう一度夜叉の方を見る。夜叉の右手がゆっくりと動いて、盃の端を口へ持って行く。俺は夜叉が酒を飲むときにできる僅かな隙を突いて斬ろうと構える。

とうとう夜叉が盃に口を付けた瞬間、俺は一瞬で刀を抜いた。その動きに呼応するかのように、突如酒瓶の割れる音が部屋中に響いた。

清正さんが、俺の抜刀のために、隙を作りださんとして酒瓶をたたき割ったのである。皆の意識はその音に向く。


俺が刀に触れた瞬間僅かに動いた夜叉ですら、その音によって反応を遅らせる。

俺の刃は瞬く間に夜叉の首に触れる。肉の感触が刀を通して伝わってきたとき、顔を覆っていた盃がどいて夜叉の顔が見える。


 夜叉は歪に笑っていた。


俺の背筋に一瞬震えが走ったのが早いか、だがほぼ同時に俺は夜叉の首を落とした。返り血が俺の頬を濡らした。


 それからはまるで旋風が起きたかのように各々が入り乱れる。

夜叉を斬った俺の方に物の怪共は押し寄せた。俺はソイツらを斬り捨てるために刀を振るった。

部隊の奴らも刀を振るった。座敷にはたくさんの血の華が咲いた。

しかし数の力には勝てぬ。だから俺達はこの場を脱する道を必死に探した。道は無かった。


奴らの攻めを捌きながら、俺らはここで死ぬかと思っていると、城の下の方で突然怒号が鳴る。我が隊のものである。その音に気取られて、物の怪共は動きを止める。その瞬間に道ができる。

俺はその道を通って、開け放たれた障子から城の外へ躍り出る。振り返ると幾人かが俺に付いて出てくる。だがまだ中ではしんがりが敵の攻めを食い止めるために残っている。


俺が窓口に立ってソイツに「来いッッ!」と叫んだとき、物の怪の突いた槍がソイツの腹を貫いた。

 助けるために再び飛び込んでいこうとしたが、行けなかった。清正さんが俺の首元を引いて行かせなかったからじゃない。ソイツが俺達に行けと叫んだからだ。

「俺に続けッッ!」

その叫びに応え、清正さんが屋根瓦の上を駆けていくのを追いかける。

俺達はそのまま破られた門を通って、闇夜の中に姿を消した。

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