第3話 夜叉退治3
廊下をしばらく歩いていると狐が突然立ち止まって、俺達に振りかえって、ここでしばし待てと言う。
音を立てないように右の
奥の
部屋の奥から、狐の声の他、様々な声がした。何かを話しているようであった。恐らく俺たちをどう扱うかについて意見を交わしているのだろう。
しばらくして声が収まると、一際大きく、太い圧のある声が「御前に呼べ」と言う。
その声の後で、少しして俺達を待たせていた狐が呼びに来た。
入れというので、清正さんが俺達を先導して中へ入る。奥の襖の前まで歩いて行くと、一度清正さんが振り返って俺達の顔を見た。
清正さんの真剣な目に、俺達は皆、覚悟を決めて微かに頷いてみせる。ついに清正さんが襖を開け放った。
左右に列になって化物が正座し並んでいる。奥にいる一人に侍るように。
豪華な料理の載ったお膳が一人一人の前に置いてある。しかし彼等の視線はお膳ではなく、俺達の方へ向いている。手前に居る化生はさほどでもない。だが、奥にいる化生の気配は濃い。
だが、最奥であぐらを崩して座っているあの化物に比べれば、たやすく霞んでしまう。
開け放たれた障子の外に浮かぶ月を背にして、最奥で俺達を正面に見据えている奴こそ夜叉なのだと直感した。
額から生える二本の大きな角。眉は無く、眼光は鼻頭に皺が寄っていて鋭い。中央に付いた
その顔は当然であるが般若の面そっくりである。
血の臭いがする。いや、人殺しの匂いが奴からは濃く漂っている。
そしてそれ以上に強者の匂いがする。覚えず、手が震えた。大将の言葉の意味が今理解できた。そして、俺が奴を斬るのだという覚悟が、自然と強く胸に宿る。
「夜叉様の名声を聞き及び、挨拶にと馳せ参じた次第でございます。何か捧げるものをと思案していたところ、人間がこの飛騨の山の麓にて列になって行脚しているのを見つけ、その人間共が運んでいた女を攫い、供物として持参いたしました。」
「どれ、近くに持って来い」
部隊の連中は部屋の左右に並ぶ化物の列の間を通って俺を夜叉の前に座らせると、もう一度襖の前に戻って一同夜叉に向かって頭を垂れた。
俺は目を伏して夜叉と目を合わせるのを避けた。
夜叉は徐に立ち上がって、俺の前まで歩いてくる。
正座をして俯いたまま畳の網目を見ていると、俺の前で片膝をついて座り、顔の前に手を伸ばしてきた。顎に触れた夜叉の手に顔を持ち上げられて、視線が上がり、今、夜叉の顔を正面から見据える。般若の顔がよく見える。
俺は火のように熱い殺意を林のような静かな構えの内に隠す。そして山のように動かざることを徹する。
すると突如夜叉の眼がカッッと開いた。
その瞬間、空気を破らんばかりの咆吼が夜叉の口から放たれる。
部屋の中に置かれた蝋燭の青い火が全て消える。
濃くなった闇の中で、うっすらと夜叉の顔が見えるのは、夜叉の背後にある月が、部屋の中を照らしているからである。
「狐火をつけよ」
襖のそばで震えている狐にそう言うと、狐は赤い火を消えた蝋燭に灯す。
火が部屋の中を照らし出す。
俺が辺りを見渡すと、末席に座っていた化物は失神して倒れている。土下座をしていた俺の部隊の武者共も何人か起き上がる気配が無い。
上座に座る化物共は流石と言うべきか、気を失う者は居ないようである。
部隊の内何人が戦えるだろうと思ってその人数を数えていると、上座に座る化物の手が震えていることに気が付いた。
それから夜叉の顔を再び見ると、そばにあった夜叉の顔は、少しずつ離れていく。
「気に入った。」
ひと言そう呟くと、再び夕餉が載ったお膳の前に戻っていく。
「よくぞ我の城に来た。我に侍ることを許す。お前たちも末席に加わるが良い。今日は宴だ。酒や食い物を持って来い!」
夜叉の声が響くと、少しして酒やら食い物やらが運ばれてくる。
俺の周りに座る化物共は宴だと少しずつ騒ぎ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます