第2話 夜叉退治2


「やはり納得ができない!」

駕籠の中で座したまま、俺を運ぶ仲間の武士共に吠えるも誰も俺の言葉に返すものはいない。

それが頭にきて、引き戸を開け直接奴らに同じことを言うと奴らは寄ってたかって俺のことを叱りつける。


 俺への罵詈雑言が止むと一人が場を収めようとしたのか、

「おぅ雲雀、大将の命令には従いな。おめえも隊の一員なら、そんくらい分かってるだろ」

などと偉そうに言う。

 理を説くその様に腹が立って、

「てめえらは黙ってろ」と言い返すと、今まで黙っていた副将の清正さんが

「雲雀口を慎め。勝手が過ぎるぞ」と静かに叱るので仕方なく黙ることにした。


 先ほどの会議で、大将が3つのことを言った。


一つ目は、夜叉の棲まう山城に忍び込む部隊と、夜叉が従える物の怪どもに攫われた女たちを確保するために外で潜む部隊の二つに分かれると言うこと。


二つ目はどこに隠れるのか、どのタイミングで攻め込むのかなどの細々とした取り決め。


そして3つ目はどうやって忍び込むのかと言うことである。


 俺は当然山城に忍び込む部隊に入ることが決まっていた。俺が小十郎殿に夜叉の首を取らせてくれと頼んだからである。大将も、夜叉の首を取るにはお前や清正の剣の腕が要るだろうといって任せて下さった。そこに不満など微塵も無かった。


 俺が不満なのは3つ目の潜入方法である。

物の怪に紛れることができるように、戦具のなかに陰陽師が用意した仮面がいくつかあった。俺を除く部隊の皆はそれをかぶって忍び込むという。


しかし、俺に用意されていたのは女髪のかつらと青を基調とした美しい召し物だった。意味が分からないのでこれはなんだと聞くと、やはり俺の見たままの答えが返ってきた。


どうしてこれを俺に宛がうのだと半ば怒りながら聞くと、夜叉は女好きだから、女に化けて懐まで近寄るためだと説いた。


 俺は大将に皆と同じ仮面をくれと頼んだ。俺が夜叉を斬るのにそんな小細工など要らないと主張した。だが、大将は首を縦に振らなかった。あろうことか、俺に忠告するのだった。


 夜叉は強い。あれは人が及ぶものでは無い。雑兵をいくら集めても、雑兵の攻撃など奴には通らぬ。正面から倒そうとするなら、一騎当千の武者が要る。それも一人では足りねえ。

5人はいないと奴を殺せねえだろう。だが我が国にはそんな武者はそういない。


 そんな大将の話を聞かず、俺はもう一度、俺が正面から夜叉を斬ってみせると言った。

すると大将と副将が俺に、蛮勇を抱く馬鹿は死ぬぞと怒鳴った。我らが夜叉の首を取らねば多くの人々が夜叉に喰われることを忘れるなと俺の頭を殴った。


ズキズキと痛む頭を押さえながら、だが別の方法もあるだろうと言おうとしたとき、大将は俺に「これ以上隊の足並みを乱すなら、お前に夜叉の首は取らせねえ」と釘を刺してきた。


 俺はそう言われると何も言えなかった。俺には、夜叉の首を取ったという栄誉が必要だったからだ。

 俺は黙って化粧をされた。かつらと着物を着て、駕籠の中に入った。そういうわけでこうして運ばれている。


 怪しい気配が濃くなって、いよいよ物の怪の国へと立ち入ったのだと直感した。俺を含め、ここにいる武者共は辺りから死の匂いがする事を察したのだろう。皆が急に押し黙る。


しかし、静寂を破って、清正さんが声を出す。


「雲雀…、あと皆に聞いておく。俺たちの内、誰かは死ぬかもしれぬ。今のうちに言い残しておくことがあれば、この清正が聞いておこう。」

「そんな覚悟はとうに出来てまさあ。ここにいる皆は、遺書をもう家に置いてきてますぜ。」

「みな、そうか。雲雀、お前は遺書を書かないのだったな。何か残すことはあるか。」


「死後に残す言葉など俺にはありはしませんが、少し引き戸を開けさせてください。月を見ておきたいのです。」

清正が良いだろうと言ったので、俺は月明かりが駕籠の中に入るように引き戸を開いた。


すると駕籠の後ろを支えている武者が俺に向かって、

「月と美女は絵になるねえ」

などと軽口を叩きやがるので、斬り捨ててやろうと引き戸から体を出したとき、俺の代わりに清正さんがその武者に黙れと一言叱責した。


その武者が謝意を述べた後、また部隊は静かになる。

俺は揺れる駕籠の中で、懐から上質な薄桃色の和紙を取り出して広げる。紙に書いてある文字を月光に照らす。


 これは俺が夜叉退治に出る前に、姫君から賜った手紙である。俺は嬉しくて何度も読んだ。汚れないように別の紙で包んで懐に入れておいた。

 手紙には一首の和歌が、美しい墨字によって記されている。その和歌を詠んで決意を思い出す。


「春の月は朧気で不安になる。」

そう姫様が仰るのなら、俺が空の霞を払って美しい月をご覧にいれよう。

 俺の刀はその為に磨いてきたのだから。


 朧な月の光を頼りに読んだ手紙を再び懐にしまう。清正さんがもう良いかと聞くので、もう大丈夫ですと返して引き戸を閉じる。


 そのまま少し一行が歩くと、ようやく物の怪と遭う。お前らは何だと聞いてくる物の怪共に、清正さんが夜叉へ供物を持参した次第であると説明すると、そうかと言って中を検めようと近づいてくる。


 駕籠を運ぶものは皆それを待つ。物の怪が引き戸を引いて俺の姿を確認すると、ほほうと嘆息を漏らして何度か頷いた。


「美しい女だ。これならきっと夜叉様もお喜びになるはずだ。」

どれどれと代わる代わる物の怪共が引き戸から俺を覗く。

開いた引き戸から目を伏したまま外を伺うと、牛の顔やら狐の顔やらがその縦長の視界に入ってくる。奴らは皆等しく同じ感想を呟いた後で、一度集まってあれこれ話した後、こっちだと俺達を先導して歩くのだった。


俺は少しだけ傷ついた。

影で微かに笑う声がしたので、そちらの方を軽く小突いて威嚇する。あとで正体を割り出してボコボコに小突いてやる。


 物の怪共に付いていくと、次第闇は濃くなって、うっすらと血の臭いが漂ってきて、段々と夜叉の山城に近づいていることを察することができた。


 森の中に続く細い獣道の上を列になって進んでいくと、ずっと繁った木々の葉で隠れていた視界がだんだんと開けてくる。


 物の怪共が振り返って「着いたぞ」と俺たちに言う。しかし、まだ先には細い道が続くばかりで何も無い。どういうことかわからないまま物の怪共に俺たちが寄っていくと、突如視界が取り払われて、大きな山城が眼前に現れた。


山城の中からは、ぼうっと鬼火のように青白い灯りが漏れている。

 城門のそばに立つ守衛に物の怪共があれこれと話すと、守衛は入れと俺たちを中に入れる。

そのまま物の怪共に付いていき、俺たちは城の中に潜入することに成功した。

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