第5話 夜叉退治 終
辺りは酒に酔う野郎共の声に満ちている。宴である。歌を歌う者も居る。凱歌である。
俺達は闇の中に姿を消した後、別動隊との合流地へ向かった。そしてそこで待った。待つ間に俺は女から男へと戻った。
しばらくすると松明の明かりの列が森の中を歩いているのが見えた。それは城を正面から墜とした隊の列だった。列は森の中を進みながら、少しずつ俺達のいる開けた草原のほうへ近づいてきた。闇の中から馬の嘶きに遅れて大将の小十郎殿の顔が見えると、その後ろに連なる武者の列に揃う顔ぶれも一つ一つと判然となっていった。
俺達は互いに報告した。初めに小十郎殿がどうだと聞いた。すると清正さんが俺を見て言えと促したので、はっきりと、「夜叉の首を落としました。」と答えた。
すると、波紋のようにざわめきが隊の中で伝播して広がった。そして遂に、一つのまとまった歓声が闇の中から夜空へと上がったのだった。それが宴の始まりであった。
「おぅ雲雀、杯が空いてるぜえ」
「ありがとよ」
俺の持つ杯に見知った武者が酒を注ぐ。
先程から俺のそばには色々な奴が来ては俺の功績を賛して帰って行く。宴の中心となっている大鍋の周りに居たときに十分に賞賛は受け取ったのだが、こうして俺が鍋から離れて少しの間喧噪の中から抜け出している最中にも、ちょろちょろと人が俺に集まってくる。
確かに首は斬った。奴は死んだ。だが、何故だろうか。夜叉の首を落としたときの夜叉の顔がずっと頭に残っている。何か漠然とした不安が拭えない。しかし、それを言って宴に水を差すわけにもいかないので、今、少しの間だけ抜けさせてもらっている内に心を片付けなければならない。
俺は酌まれた酒を一気に飲み干すと、もう一杯注いでくれと、隣に座った中級武士に頼んだ。そいつは「おう」と言って俺の杯にまた酒を注いだ。
「攫われた人間で生きているやつぁ一人も居なかった……ごみみてえに堆く積まれた頭蓋骨や、渇いた血の跡を見た。だいたいが粉々に壊れていた。そして、頭だけねえ死骸が着物を着て転がってやがった。たくさん、転がってやがった。小さな子供のものから、背の丸まった老人のものまでなあ」
「ああ、聞いている」
「あの夜叉はよお、俺の娘を攫っていきやがったんだ。今日、アレを見るまではもしかしたらまだ生きてるんじゃねえかって思ってたんだがなあ……」
「杯を寄越せ、俺が酒を酌んでやる」
俺が杯を酒で満たしている間、隣で鼻を啜る音がした。情けなく嗚咽を吐き出していた。
「俺ぁ、てめえをぶん殴ってやろうと思ってたんだぜえ。もし夜叉の首を取れずのこのこ帰って来やがったら、俺ぁおめえを許さなかった。ああ知ってるさ、夜叉がどんだけ強えかってことぐらい。俺みてえなのがいくらいても殺せねえことぐらい分かってた。だから俺ぁ拳を固めておめえの情けねえ面を待ってたんだが、どうにもうまくいきやしねえ。
見てみろよ、俺の手ぇ震えてんだろ。おめえがまさか本当に夜叉の首を落として帰ってきちまったもんだから、拳を振るう場所を無くしちまったんだよ。」
「ほら、酒だ。お前の拳は俺を疑ったお前の頭でも殴るのに使え。そしてその汚え泣き面ぁ何とかしやがれ。ようやく、夜叉の野郎が地獄に行ったんだ。てめえのやることは天国に届くように凱歌を歌うだけだろう……」
「ありがとなあ……」
俺は隣に座った中級武士と一緒にぐっと酒を飲み干した。
「おめえが初めてこの隊に加わったときゃ、妙な餓鬼がきたもんだと思ってたんだが、あっという間に俺を追い抜いていったなあ。」
「階級は同じだろう。」
「何を言ってやがる。同じ中級でも格が違えよ。大将の小十郎殿や副将の清正殿に次ぐのはおめえだってみんなが言っているさ。」
「そうか……そうだな。……俺はこの隊が好きだ。だが、この隊に収まる気はねえ。じきに俺の名は天下に知れ渡る。中ノ國に棲まう大妖怪、夜叉を討った空木雲雀の名がだ」
「ハッ。お前は世間というものを知らねえ。15のガキがあの夜叉を討ったなんて誰も信じねえよ。おめえの名が広まるのはまだ時間がかかるだろうな。」
「そうか。」
「そうでもないさ。」
ため息をつくと、後ろから声がした。振り返ると清正さんが立っている。
「雲雀の功績はきっと上に伝わる。雲雀は褒美に何を賜るかでも考えておけばいい。」
清正さんは俺の腕を引いて立たせると、
「そろそろ宴の輪に戻れ。主役がいないんじゃどうもシケていかんからな。」
大鍋の方に俺を引っ張っていく。
俺は再び宴に加わって、そのままへばるまで皆と笑っていた。
ふらふらと歩いて、寝床へ戻った。酒に酔ってその場に寝ている野郎共を時々踏みつけて来たものだから、俺が歩いてきた方を見ると何人か身体を起こしてキョロキョロと辺りを探している。しばらくは何も見つからないで呆けている奴らを見て笑っていたが、いよいよ眠くなってきて、俺は麻布の上に寝転んだ。
後ろ頭を地に付けて空を眺めると、先ほどまでは天頂に向かって昇っていた月が、今は地平線の方へ降りていきつつある。相変わらずぼやけていて判然としない。そんな月へ手を伸ばしてみた。すると俺の手に隠れて月は見えなくなった。そのまま開いていた手を握る。
ああ早く姫君の前へ参りたい。
俺と姫君の間にある距離がどうしようも無くじれったい。
ずっとそうだった。だけどそれも今宵限りだ。
明日、俺は栄誉を授かる。
やっと、姫君の元へ行ける。ついに姫君に認めて貰えるのだ。
自然とこぼれてくる笑みを噛み締めながら瞼を閉じた。
意識は雨粒のように、底へと落ちていく。
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