強欲 avarice_06
大利根がパラパラとページを捲って渋く頷く。
「どれも片方はサイン本のようだ。一冊は読み潰す用、サイン本はコレクションだな」
「兵藤静香の熱烈なファンですね」
「手紙も……」
驚いた事に兵藤静香からと見られる手紙も出て来た。ファンレターの返事らしい。内容は当たり障りの無いもので、時候の挨拶と、枩葉が書き送ったであろう感想への礼が書かれているだけだった。大切にしていたようで、貧しい部屋に不釣り合いの高価な組木細工の文箱に収められていた。
不意に、クローゼットを検めていた但馬が大声を上げた。
「サバイバルナイフがあります。金色のラッカーも」
「マジか?」
全員で確認する。狩りに使用するような大振りのサバイバルナイフだ。刀身には血痕のような濃褐色の染みが付着していた。金色のラッカー缶が収められていた段ボール箱の奥にはおそらく血で汚れたガビガビになった黒っぽいパーカーと細身のジーンズも押し込められていた。
「糞……完全にこいつが犯人だっ!」
滝川は怒鳴って壁を殴りつけた。誰の何に対する怒りなのか自分でも理解していないのだろう。伊東に冤罪を着せかけた事は棚に上げて二階堂を睨み付ける。
「お坊ちゃん、
「今は内輪で揉めてる場合じゃないですよ。ナイフと血痕の付着した衣服は科捜研にDNA鑑定してもらいましょう。被害者のデータと一致したら、今度は逮捕礼状が取れます」
晴翔が言い、堅城が取り成して、なんとか滝川は矛を収めた。
「デスクに報告してくれ」
堅城の指示に但馬は黙って頷き、携帯端末を持って部屋の外へ出て行った。
一通り容疑者宅の捜索が終わり、引き上げる段になっても二階堂は打ちのめされて呆然としてしまっていた。それを見て発破をかけようと思ったのか、堅城は両手を腰に当て、二階堂と真っ直ぐ向かい合った。
「二階堂主任、挽回したけりゃシャキッとしろよ。容疑者にあと一歩まで迫っておきながら、ぼけっとして取り逃がしたのは痛いぞ」
「しおらしく反省した面だけしても誰も同情しない。失態は仕事で取り返せ」
大利根からも叱責を受け項垂れていたら、滝川に肩を小突かれた。
「油断してたんだろ、お坊ちゃん。現場舐めてるからこうなるんだよ」
「すみません」
とにかく謝るしかなかった。ミスを犯した自分が悪い。
「俺のせいで……」
「腐らないでください。やるべき事をやるしかないんですから」
晴翔に片に手を置かれてハッした。今は落ち込んでいる場合ではない。ともかく犯人は判明したのだ。犯人を取り逃がした罪は、犯人を逮捕する事で贖うしかない。
それに、この事件には唐尾係長ら三人の馘がかかっている。彼らが辞表を提出させられる事態になれば、早瀬あずさも傷付く。
犯人を逮捕する。
そうするしかないのだ。
よしっ、と気合を入れ直した。
「容疑は固まった。枩葉龍之介を指名手配するぞ――!」
***
二〇一六年、十一月六日。午後八時。
行方をくらました枩葉が立ち寄りそうな場所を考え、夜になってはいたが、彼が育った施設を訪ねてみる事にした。そこで身柄を確保出来れば重畳だ。それが無理でも、彼を育てた院長なら枩葉の交友関係を知っているかもしれない。
二階堂も晴翔も、児童養護施設を訪ねるのは初めてだった。ここは民間の経営で、ありふれた二階建ての建売住宅だ。門柱の白い表札には、施設長である須貝の名字の横に、シンプルな黒文字で「子供の家・小夏園」と書かれていた。
「今は手が離せなくて。少し待っていて頂けますか」
そう言って若い女性職員に散らかった食堂に通されたきり、お茶も出されずにしばらく放置された。それだけ子供たちの世話に手が掛かるということだろう。夕食はとっくに済んでおり、子供たちはこれから順番に入浴する時間らしい。家の中に微かに入浴剤とシャンプーの匂いが漂っている。食卓の椅子に座ったまま部屋を見回すと、クレヨンで書かれた絵が壁に貼られており、そこかしこにラクガキがあった。子供達の服が洗濯されたまま山積みにされていて、オモチャも散らばっている。片付けが追い付かないという事で、スタッフが足りていない事情も察しが付いた。かと言って、惨めな雰囲気ではない。二階から子供の騒ぐ明るい声と走り回る足音が聞こえていた。
施設長の須貝三也子は、エプロンで手を拭きながら小走りに食堂に入って来た。
「すいません、お待たせして」
須貝が席に着くなり、二階堂は真っ先に気になっていた事を切り出した。
「あなたですよね? 枩葉龍之介に警察が行く事を知らせたのは……」
あっ、と須貝は口に手を当て、背中を丸めて申し訳なさそうな上目遣いになる。
「すいません。悪気は無かったんです。ただ、警察から龍ちゃんの事を訊きたいって電話があったもので、龍ちゃんが変な事件に巻き込まれてるんじゃないかと心配になって、何があったのか、あの子に確認しようとしただけなんです」
あなたのせいで容疑者を取り逃がした――とは口が裂けても言えないが、余計な真似をしてくれた。人の好さそうな須貝の顏を見ているだけで二階堂の苛立ちは募った。
「刑事さん、もしかして龍ちゃんが何かしたんですか?」
「その件については捜査中なので」
晴翔がやんわりと須貝の質問を退ける。
二階堂は、すぐにでも枩葉龍之介はどこに居るのかと尋問したい気持ちに駆られていたが、そんな事をすれば須貝が口を閉ざすことは分かっていた。晴翔と組んで学んだ──市民に事件解決に繋がる情報を話してもらう為には、四角四面の直球だけではいけないのだ。今までは出来なかったが、まずは世間話の水を向けるよう努力しよう。そう自分に言い聞かせ、二階堂は少し引き攣った笑顔を浮かべ、なるべく穏やかな声を取り繕った。
「枩葉龍之介さんについてお聞かせ願えませんか。どんな子供でした?」
上手く出来たかは分からないが、少なくとも須貝は警戒しないでくれたようだ。顎に手を当て考え込み様子を見せてから、訥々と話し始める。
「龍ちゃんですか。そうですねぇ、とってもおとなしい子でした。ぜんぜん騒がないんですよ。問題行動は一切無かったんですけど、あんまり皆と馴染めない子で、他の子供達がわいわい騒いでいても、少し離れた席に一人で座って、何時間でも黙って本を読んでいる子でした」
「どういった事情でこちらに預けられたんでしょう?」
「親が……その……問題のある人で……こんな言い方はしたくはないんですが……まあ、その……はっきり言うと、捨てられたんです。あ……」
そういう子は多いんですよ、と須貝は言い訳のように付け足した。我が子の養育に熱心ではなくなるような何らかの問題を抱える親に対して含むところがあるのだろう。須貝はどしようもない事情がある場合は仕方がないと言い添えながらも、どうしてそうなってしまうのかとグチグチと文句をこぼした。それをすべて聞いている余裕は無い。
「彼が子供の頃、何か変わったところはありませんでしたか?」
「変わったところ?」
枩葉が三嶋を殺した動機は分かった。だが、三嶋に成りすまして園部邸を訪れていた理由が分からない。孫のふりをして財産をだまし取ろうとしたにしては、二年もの間、一銭も被害が出ていないのがおかしい。孫のふりをし続けた動機が分からない。それに、連続殺人に罪を広げた理由も不明だ。何か、枩葉が猟奇的な犯罪を始めた理由のヒントでも得られれば──というつもりで二階堂は訊ねた。
「特別に執着していたような物事や人物など、心当たりはありませんか?」
「ああ、ありますよ。あの子がとても懐いていた人はいました。ご近所に白いお城のようなお邸があるんですけどね……」
「園部峰子さんのお宅ですよね?」
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