第22話 半袖
日曜日だ。
僕は電車に乗って、デパートやショッピングセンターがいくつもある山手町に来ている。
3駅程度なので、自転車でも来られる。
通学が徒歩だから必要ないか、と自転車を持っていないのだが、友達がたくさんできたし、自転車がある方が行動範囲が広がっていいかもしれないなあ。
電車を降りた。
……どっちに行けばいいんだろう?
僕は引越してきてから10ヶ月ほど経っているが、ほとんど外出していない。この山手町にも初めて来たのだ。
こんな大きい街に来ないで、1駅手前のイオンにしとけば良かった……。
デパートのブランド物なんて買えないから、若者向けのショップが多そうな方に行こう。
案内の矢印に素直に従い、歩く。
改札を出て、階段を上って、エスカレーターを上って……と、すごい人だな!!
「あ! やっぱり愛堂くんだ!!」
ん? 誰かに名前を呼ばれたような……
周りを見回してみると、僕が今上がってきたエスカレーターの方からこちらに小走りでやって来る女子。
長い髪を高い位置でポニーテールにし、なんかややこしいデザインのワンピースのショートパンツバージョンのような服を着ている。
まだ初夏だと言うのに、けっこう日焼けしているこの女子。
「やあ、君は……見覚えがあるね」
「でしょうね! 同じクラスの、
ああ、そうだ、テニス部の旗中さんだ。
高校入学直後は、同じ中学出身ということもありちょくちょく声を掛けてきていたが、すっかりクラスの人気者となって僕に話しかけてくることもなくなっていた。
「なんか買い物?」
「うん、服をね。去年引越しの時に夏物ほとんど持って来てないから、買っておいでってお母さんがお金くれたんだ」
「へえ、いくら?」
「1万円だよ」
「じゃあ、1万円でできるだけ数多く買いたいわね」
「そうなんだ」
「ねえ、この辺詳しいの?」
「いや、全然。矢印通りに歩いてきただけだよ」
恐らく旗中さんも買い物に来たのだろうが、僕を買い物のアドバイザーにしようとしても無理だ。
服屋に詳しいから1万円でひと夏越せるコーディネートを買うというミッションに挑戦するわけではない。
単にキリがいいから、何も考えず1万円札をもらっただけだ。
「じゃあ、安くて品数の多い服屋さん教えてあげるよ!」
そっちか。
考えてみれば、そりゃそうだ。
白シャツにグレーのパンツという、制服と大差ない服を着てるヤツのアドバイスなんていらないだろう。
困ったなあ……。
僕は、旗中さんのような正統派美少女でファッションセンスもウィットに富んだ、元気ハツラツな漫画のヒロインのような女子が苦手だ。
この善意からの申し出を、どう断ればいいのか……。
「ほら! こっちだよ」
と、旗中さんが僕の二の腕を掴む。
全く、だから困るんだ。
こういうヒロイン属性の女の子は総じてボディタッチが多く、無意識・無自覚に男子をドキドキさせることに長けている。
ああ、でも、僕が今半袖の服を着ていれば、このほんのり感じる手の温もりや柔らかさを、ダイレクトに感じることができたのだろう。
さあ、半袖の服を、買いに行こう!
これでひとつの店舗とは、驚きの大きさの店だ。
ユニクロとかみたいに、ベビー服からレディース、メンズまで揃うタイプの店のようだ。
おお、これは、驚きの低価格!
さらに、手に取ってみると、全然ペラッペラではなく、綿の肌触りの良さをしっかりと感じられる。
このお値段で、なんて高品質なんだ!!
「これは、すごい!」
「でしょ? お兄ちゃんがよくここで服買うんだけど、オシャレな服多いんだよー」
「へえ、お兄ちゃんがいるんだ」
あ、なんか急に思ったけど、クラスメイトの女子と一緒にショッピングって、お兄ちゃんと一緒に買い物に来たありすと偶然出くわして、
「え、天と旗中さんって、付き合ってたんだ……」
って誤解を招くパターンが始まったりしないだろうか?
さりげなく、ちょっと、距離を……
「あ! これ夏らしくて色キレイなんじゃない? どうかな? あーでも、ボトムと色合わせにくいかなあ? 愛堂くん、ベーシックな色好きっぽいもんねえ。んー、ひとつくらい鮮やかな色のトップスがあっても、逆にコーディネートしやすくなっていいとは思うんだけどなー」
Tシャツ1枚で、すごく、考えてくれてる……。
僕なんかの着る服を、僕の好みまで考慮しながら、コーディネートのしやすさまで考えてくれている。
はあ。乾いた笑いしか出ないな。
何を一丁前に距離取ろうとしてたんだ、僕は。
クラスの人気者で、かわいくて、こんなにいい子が、僕と買い物してるからって彼氏だなんて疑われる訳ないじゃないか。
こんなうぬぼれ方もあるんだな。恥ずかしい。
「あ、キャップとかどう? コーディネートのポイントになるし、これから日差しえげつなくなるし」
どんな服にも被れそうな、白のキャップを手にして旗中さんが言う。
「ああ、キャップはいいね。顔が隠れる」
「あはは!なに、顔隠したいの?」
「え、いや、まあ、こんな顔だし」
僕の頭に、旗中さんがズボッと白のキャップを被せる。
「あー、肌白いから、白じゃない方がいいかなー。でもブラウンだと、髪が茶色いからボヤけちゃうなあ。ねえ、髪染めてるの?」
「染めたことはないよ」
「これ地毛なんだ? 色素が薄いのかなあ、肌白いし」
髪や肌の色を見てるんだから、必然なんだろうが、旗中さんの顔が近いなあ……。
こんなに近いのに意にも介さないんだから、全く、ヒロイン女子ってやつは。
「あ! ネイビーなら肌の白さも際立つし、髪茶色でもボヤけないから―――」
ブラウンのキャップを取って、ネイビーのキャップを僕の頭に被せようとした拍子に、僕のメガネが旗中さんの手に弾かれて、飛んでしまった。
カラーン、と、メガネが床に落ちた音がする。
「あ! ごめんなさい!」
慌てて、旗中さんが僕のメガネを拾ってくれる。
ああ、なんか、申し訳ないです。
安物だし、お気になさらず。
メガネを拾って、僕の顔に乗っけようとしてくれる。
「ほんと、ごめん!……あ」
「……へ?」
「わあ、綺麗な目だね」
「そ、そうかな? ありがとう。で、どの色のキャップが良かったかなあ?」
「あ……やっぱり、ネイビーかな? 私的には」
肌の色にも、髪の色にも負けず。ネイビーって、強い色なんだな。
「じゃあ、このネイビーのキャップも買おう」
「あ、じゃあさ、パンツもこのベージュよりネイビーに合わせたらどうかなあ?」
結局買ったのは、Tシャツ4枚、パンツ3枚、半袖シャツ1枚、キャップひとつ、120cmの半袖パーカひとつ。
すごい! これなら、ひと夏越えられる!
「え、なんで子供服?!」
「いやあ、お礼だよ。今日は本当にありがとう」
「え……もしかして、私の弟に?」
「弟だったんだ。旗中さん、紫のパーカ見てたから、弟かなー、妹かなーって、思ってたんだよ」
「弟……え、でも、いいよ、自分の服もう1枚買えるのに」
「この店じゃなきゃ、1万円でこんなに買えなかったよ。十分夏が越せそうだ。ありがとう」
レジでもうひとつもらっていた小さい袋にパーカを入れて、旗中さんに渡す。
「ありがとう! 綺麗な目のお兄ちゃんからだよって言うね!」
はは、それはイメージがいいな。
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