第19話 カラオケ

 明日から、初めての定期テストが始まる。


 中学の時より科目数がえらく増えるが、この聖天坂高校のレベルは、神山手高校を目指していた僕には物足りない程度だ。


 さらに、うさぎとかめの童話こそがこの乱れた世の中を正しく生きる道を示していると考える僕は、レベルの低い学校だからと慢心せず、カメのように日々コツコツと勉強している。


 定期テストなど、恐るるに足らず!


「あ、あの、愛堂くん」


「はい。あ、橘さん」


 休み時間だ。


 遠足以来、この窓際の前列辺りには後ろの席のありすはじめ、渡さん、その彼氏の小田くん、橘さん、そして、ありすを巡る僕の恋のライバル近藤くんで休み時間を過ごすことが増えた。


 ああ、男女混合の仲良しグループだなんて、もう、漫画の世界じゃないか!!


 なんて青春真っ只中!!


 さりげなくライバルが混じっているのも、青春にはままあることだ!


「あの、テストが終わったら、あの……パーッと、遊びにでも行かない?」


 モジモジと、黒髪をおさげにふたつくくりにした橘さんが言う。


 テストが終わったら?


「それは、あの! 打ち上げってやつ?!」


「え、愛堂くん声大き……」


 僕の好きな漫画で、テストが終わったら友人が終わったー! 行こうぜー! って誘ってきて、大人数でボーリングに行ったりカラオケに行ったり、するんだ!


「打ち上げ?」


「いーねー! テストが終わったら、みんなで打ち上げだー!!」


 数日後。テストが終わった。


 もう、打ち上げが楽しみで楽しみで、テストの日がこんなに待ち遠しくなるとは、思ってもみなかった。


 テストは、やはり僕にとっては笑いが出るほどに簡単だった。


「次笑ったら、点数に関わらず全教科0点にするからな!」


 と監督の先生に言われてしまうほど、簡単だった。


「打ち上げ、どこ行くー?」


「やっぱ、ボーリングとか、カラオケとか?」


「あ、私カラオケボイスの80%offクーポン持ってるよー」


「80%?!」


「よし! カラオケに決定!!」


 そうして僕は今、カラオケボイスの個室ソファに座っている。


 カラオケなんて、久しぶりだなあ。前はよく、両親と来たものだが。


 みんな、けっこう上手いなあ。


 茶髪で顔の濃いパリピの小田くんは、特にすごい。ダンスグループの曲を踊りながら歌う。


 知らない歌だけど、よ! 盛り上げ上手!


 僕は、流行りの曲はほとんど知らない。でも、誰も知らない曲を選んでこのせっかく温まった空気を氷点下にする度胸はない。


 なので、大好きなロックバンド、GUTSガッツの曲でも1番メジャーな曲を歌うとしよう。何年か前にドラマ主題歌になった、GUTSには珍しいバラードだ。


「天がGUTS?! 男か女か分かんないような顔してハードロックとか、あはは!」


 ベッタリ小田くんにくっ付きながらでも、本当に渡さんは口が悪いなあ。惚れた男の前でくらい、しおらしくできないのか。


「これは、GUTSでもバラードだよ」


「女の子みたいな顔して、GUTSのバラードとか!」


 何にしても笑うのか。


 女顔でGUTSが好きで、何が悪い。そもそも、GUTSは女性ファンも多いんだぞ。


 イントロが終わり、もうすぐ歌い始めだ。


 何百回も聴いてるから絶対歌える自信はあるんだけど、友達の前で歌うのなんて初めてで、緊張するなあ。


「GUTSのボーカルってさ、去年正月から不倫してたよねー」


 僕の歌い始めと、ほぼ同時に渡さんがしゃべる。構わず歌い続けるが、渡さんもしゃべり続けている。


「うちのママもGUTS好きでさ、20コくらい年下の駆け出しのシンガーソングライターみたいのんとの不倫とか超ショック受けてたよ」


 いらん情報を振りまくんじゃない!!


 いやいや、今はGUTSの曲に集中だ!


「でもあれってさ、ネットでは陰謀説あったよね。GUTSがちょうど再結成して10周年でライブとかいろいろ予定してたのに、全部白紙になってさ」


 それなんだよ、小田くん!!不倫なんて、きっとデタラメなんだよ!


 いやいや、歌うんだ、今は。いい歌詞なんだよ、聴いてよ、みんな。


 渡さんの妨害にもめげず、僕は歌いきった。


「おー、意外と上手かったね」


 渡さんがパチパチとやる気のない拍手をする。


 そう思うなら、邪魔しないでちゃんと聴いてくれても良かったんじゃないか。


「うんうん、意外と声似ててびっくりしたー」


「意外と合ってたねえ!」


 みんな拍手をしてくれてるが、意外だったのは共通のようだ。


 でも、みんな褒めてくれて嬉しいなあ。もう1曲くらい、GUTSを歌ってもいいだろうか。


 次は、ありすか。


 これは、さすがに僕でも知ってる。大流行中のアニメソングだ。


 わりとこれもロックテイストなのだが、地声のアニメ声で歌っている。


 これはこれでおもしろい。けど、もっとガチのアニソン風アニソンの方がハマりそうではある。


 まあいいや、一生懸命に歌う姿が、またかわいい。声と歌詞のちぐはぐさがまた、ありすならではだ。かわいいなあ。


 ふと、視線を感じた。


 無意識にそちらへ顔を向けると、橘さんが僕を見ている。


 あの日みたいに。あの、夕焼けの中にいた日のように。


 違うのは、眉毛か。


 あの時は、たしか眉毛がこんな八の字ではなかった。


 八の字眉毛で、口元は笑っている。悲しいのか、嬉しいのか、分からない。


 カラオケは2周目に入っている。


 小田くんは上手いので、リクエストされたりでもう4曲は歌っているが。


 僕は、やっぱりGUTSにした。


 20年以上前の曲だけど、去年CMで使われてたから、たぶんみんな知ってると思うんだ。


 GUTSはメンバーみんな40代50代だし、20数年前ヒット曲バンバン出して10年活動休止して、再結成して10年の、正直、高校生に人気があるとは言えないバンドだ。


 だからこそ、歌う曲を厳選しなければ!!


 GUTSをよく知らないこの若者達が、今日家に帰ってから、検索したくなるように!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る