第18話 観覧車

 ありすは、人当たりが良く、誰とでも仲良くなれる子だ。海で一緒に遊んでいた、神谷さん、木村さん、近藤くんと、すっかり仲良くなったようだ。


 キャッキャと楽しそうな4人にくっついて、愛想笑いを浮かべ、僕のグループ活動の時間は過ぎていく。


 やっぱり僕は、こういう感じに落ち着いちゃうんだなあ。高校入学直後は、浮かれぽんちになったものだが。


 これはこれで、落ち着く自分もいる。


 女の子達に囲まれたりすると、嬉しい反面、どうしたらいいのか分からなくなる。


「ねえ! 天はどっちがいい?」


 ありすが問いかけてくる。


 どっち? 2択か。なんの?


「ご、ごめん、聞いてなかったよ」


「動物園の方に行くか、遊園地の方に行くか」


 ああ、この臨海公園は、その2つに敷地が分かれているんだったな。


「うーん、僕は動物も好きだし、遊園地なら観覧車に乗りたいし、どちらでもいいよ」


「そうかー、完全に分かれちゃったわねえ」


「あ、じゃあそれぞれ行きたい方に行けばいいんじゃない?」


 ん? そうなると、どちらでもいい僕はどちらに?


 僕は、近藤くんと遊園地に行くことになった。


 しまった!! 観覧車なんて、どうでもいい!!


 ありすが動物大好きなのは分かっているんだから、自分がどうしたいかで答えず、


「動物園、一択だね」


 で、良かったんだ!!


 僕は、近藤くんと2人、観覧車に乗った。近藤くんと、向かい合わせに座る。


 何となく、うつむきがちになってしまう。


 だって、僕と近藤くんとは、ほとんどしゃべったことがない。


 まず乗るべき乗り物ではなかった気がする……。


「愛堂くんは、宇崎さんと仲良いんだね」


 なんか、デジャブを感じた。あれ? この会話、つい最近したような……?


「いや、特別仲良いって訳でもないんだけど」


 ありすと渡さんが仲良いから、すぐ前に座っている僕もありすとよく話す、という感じが強い。


「宇崎さんって、いい子だよね」


 なんか、こんな感じの話をほんとつい最近にしたような……?


「うん、いい子だと思うよ」


「僕、好きだな。宇崎さん」


「へ?!」


 顔を上げると、近藤くんはすでに僕の顔を見ていた。


 思い出した! 小田くんだ! 最近も何も、今日だ。ついさっきの小田くんとの会話に似てたんだ。


 全く男子高校生というものは、誰も彼も好きな女の子の話ばかりか? 全く、学生の本分は、学習だと言うのに。


 ……僕もだ。


 気が付けば、ありすのことばかり考えている。僕は古文が得意だが、今日1秒も古文のことなんて考えていない。


 先程から、近藤くんと目が合っている。


 近藤くんは、小柄で丸顔で、メガネをかけた大人しそうな男子だ。


 小田くんはパリピ寄りだが、近藤くんは僕と同じ、いわゆる陰キャと呼ばれる種類の生徒に入るだろう。


 ありすは優しいから、近藤くんといい、僕といい、大人しいメガネ男子から好かれるのだろうか。


「あれ? あれ、小田くんだ」


 近藤くんが、僕の顔をスルーして指差す。


「え?」


 振り向くと、観覧車の僕達の後方の箱に、小田くんと渡さんがべっちゃーとくっついて座っている。


 ……何をしているんだ……


 見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、寸分の隙間もなく、くっついている。


 男2人で観覧車に乗る僕達は、大変重苦しい空気になってしまった。


 どんな話題も瞬時に地雷に姿を変えそうだ。


 いいか、どんな話も地雷になるなら、いっそ、こうでもならなきゃ言わないような地雷を踏み抜くことにしよう。せーの。


「僕もありすが好きだよ。初めて見た時から」


「そうだと思ってたよ」


「え? そう? え? バレバレなの? え? ありすにもバレてるかなあ?」


「え、いや、どうだろ」


 え―――恥ずかしい! そんなに分かりやすい態度だっただろうか?


 え、でも、僕の気持ち分かっててたくさん話してくれてるなら、渡さんのオマケだとしても嫌われてはないよね?


 なにあのヒョロガリメガネ、キモ!


 とは、思われてないよね?


「あ、でも、小田くんは僕が渡さんを好きだと思ってたみたいだったけどなあ」


「だって、渡さんと愛堂くん仲良いからね」


「でも、近藤くんは僕がありすを好きだと思ってたの?」


「僕は宇崎さんが好きだから、分かるよ。あの通り小田くんは渡さんが好きだったんだから、愛堂くんが気になったんじゃないかな」


 もう一度、そーっと後ろの箱を凝視してみる。


 2人並んで、頭から肩、腕、足までビターっとくっ付けて、笑っている。


 本当に、何をやっているんだろう……。


 でも、あの渡さんが、あんな顔をするんだなあ……。


 なんか、少し感動すら覚える。


 渡さんも、恋心なんてものを持ったりするんだ。人間だったんだなあ。


 あ、なんか、首かゆくなってきた。じんましんかな?


「小田くん、すごいなあ……」


 近藤くんがびっくりしているようだ。


「僕には、あれはできそうにないよ。ありすのことは好きだけど、ありすとでもあんな行動ができるとは考えられないな」


 人生の楽しみを、小田くんの半分も楽しめないのかもしれない。


 でも、あれはできない。


「中学校が違うのに、なんでもうありすって呼ぶくらい仲良くなったの?」


「なんでだっけ……あ、渡さんだ。渡さんが入学式の次の日にいきなりありすって呼んでて、僕もありすでいいよって言われたんだよ」


「渡さんか……いいなあ、愛堂くんは」


「あ、じゃあ、僕達がありすとしゃべってる時に近藤くんも入ってきて、宇崎さん宇崎さんって呼んでみたらどうだろう。ありすでいいよ、って、言われるかもしれないよ」


「え、協力してくれるの?」


「協力って言うか……うん、まあ、呼び方に関しては協力するよ」


 初めてありすって呼んだ時はめちゃくちゃドキドキしたけど、慣れると、呼び方だけで距離が縮まるってものでもないのがよく分かった。


 観覧車の扉が開く。もう地上に着いたようだ。


 ……あのベタ―――ってくっ付いた状態で、あの2人は扉を開けられるんだろうか。


 僕と近藤くんは、どちらからともなく、早足で観覧車から離れた。ありすと遠足の思い出を作ろうと、動物園ゾーンへと急ぐ。


 ああ、恋のライバルと愛しい彼女のもとに走るなんて、完全にアオハルの頂点じゃないか!! ドラマや映画やアニメでは、走る2人が共にメガネってのはレアな気がするが。


 メガネでも地味でも、好きな人を思う気持ちがパリピより劣るなんてことなど、ない!!


 遊園地ゾーンと動物園ゾーンは、正面出入口から真っ二つに分けられている。


 正面出入口まで来た! 行くぞ、動物園ゾーンへ!


「あ、天と近藤くんももう来たのー」


「あ、ありす?」


 もう何人か、正面出入口付近に集まっている。


 え、まだ、集合時間までは早くない?


「お土産買うために早くこっち来たんだけど、あんまり種類なかったから時間余っちゃって」


 ありすが指差す先には、「みやげ」と看板を掲げた売店がある。


 ……僕の春の遠足は、せっかくありすと同じグループになれたのに、ほぼ無駄にして終わった。

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